2017.12.10

埼玉県立近代美術館で「ディエゴ・リベラの時代」を見る

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埼玉県立近代美術館で「ディエゴ・リベラの時代」(2017/10/21-12/10:1200円)を見た。ディエゴ・リベラは1886年生まれのメキシコの画家。1957年に亡くなっている。メキシコで民族色の強い壁画を描いた美術家、というイメージです。奥さんがフリーダ・カーロで、ドロドロの愛憎劇を繰り広げていたりする。まあ、メキシコ絵画の世界の英雄なんでしょう。でもディエゴ・リベラといえば壁画なので、壁画を持ってくるわけにもいかんでしょうから、どういった展覧会なのだろうか、と疑問を抱えながら北浦和まで行ってみました。

「メキシコ国立芸術院(INBA)との共同企画によるこの展覧会では、初期から晩年にいたるリベラの画業を油彩画、素描、版画など約30点の作品でたどります。また、リベラの師でありメキシコ近代絵画を拓いたべラスコ、同時代のメキシコの様々な美術動向、リベラと関わりのあったレオナール・フジタや北川民次ら日本人画家も紹介し、メキシコの近代美術が掲げた夢を振り返ります」とのことです。壁画は当然来てなかったけど、映像資料で紹介されておりました。

全体としては、リベラの初期の絵や、リベラに関わった人達の作品で、リベラという美術家の全貌を見せるだけでなく、その時代のメキシコ美術の雰囲気が伝わってくる展示でした。

面白かったのは、リベラの初期の作品。パリに渡って、ピカソなどとの交流から、キュビズムの作品を残しています。これがなかなか板についていて、完成度が高い。しかし、後の壁画にどのように関わってくるのか、一端抽象的な作風を完成させてから、壁画の具象表現に戻っていくところが、面白いところです。抽象と具象を行き来するのは、割といろんな美術家にある傾向のようにも思えるのですが…。

もう一つ、興味深いのが、リベラと藤田嗣治との関係です。リベラがパリに滞在したころ、1914年に藤田と交流があった、とのことで、その後、リベラがメキシコに戻って壁画を描くようになってから、1932年に藤田がメキシコに訪問しています。このときはリベラがニューヨークに壁画を描きにいっていたため、会うことはなかったのですが、それなりの影響は受けていたんじゃないかと思います。まあ、勝手な憶測ですが、藤田が《秋田の行事》という壁画を描いたのは1937年だそうで、リベラの巨大な壁画を見て、その影響が多少はあるんじゃないかと思うわけです。

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2017.12.05

草間彌生美術館で「草間彌生美術館開館記念展 創造は孤高の営みだ、愛こそはまさに芸術への近づき」を見る

草間彌生美術館で「草間彌生美術館開館記念展 創造は孤高の営みだ、愛こそはまさに芸術への近づき」(2017/10/1-2018/2/25:1000円)を見た。名前の通り「前衛芸術家」草間彌生の美術館です。美術館のパンフレットには「草間作品および関係資料の展示を通じて草間芸術の発展に寄与することを目的に2017年に開館」とある。

入場は日時指定の予約制です。予約なしに行っても入館できません。予約はWeb経由です。あっという間に埋まるので要注意。ちなみに、私が2017年12月に行ったときは2017年10月1日に予約してます。開館は木・金・土・日曜で、月・火・水はお休み。入場時間は1日4回あって1回90分で入れ替えとなります。1回の入場者数は当初50人でしたが、70人に増えています。50人で見た感じですと、かなり余裕があります。30分程度でほぼ全部見終わると思います。70人でも90分をフルに使って見るのであれば、全く問題ないと思われます。

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場所は建物は上の写真のようにわりと細長いビル。地上5階地下1階です。白い建物で、1階の入口はガラス張りで、白い水玉模様が描かれています(写真下)。1階は受付で、2階と3階がメインのギャラリー。4階はさらに部屋があって、その中で2分間入れ替えで見る展示がある。5階は半分が関連資料のある資料室で半分が天井のない屋外ギャラリーとなっている。各階の移動は階段とエレベーター。階段は上り専用。写真撮影は4階と5階はOKでした。

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ちなみに、入口前のコンクリート打ちっぱなしな感じのところで入場を待ちます。中に入って待つことはできなようです。まあ、天気が良ければ気にならないけど、冬場は寒いね。

今回の展示は、色鮮やかなアクリル絵具で描いた《わが永遠の魂》というシリーズ、制作年が2009~2017年の作品16点と、シリーズ《愛はとこしえ》という2007年制作のモノクロのドローイング27点、そして鏡の部屋に、黄色の地に黒い水玉があるカボチャを並べたインスタレーション、カボチャの立体作品というラインナップです。

割と良かったのが、4階にあるカボチャのインスタレーションです。扉のある暗い部屋の中に入って2分間、拝見するもので、一端完全に暗くなり、徐々に明るくなっていきます。この徐々に明るくなる感じがよろしい。

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Web経由で予約しないといけないのですが、1000円だし、うまく見れば、ほぼ独占的に鑑賞できたりするので、なかなかいいシステムだと思います。半年ごとに展示を変えるそうなので、また行ってみたいと思っております。

蛇足ですが、ミュージアムショップというか1階の売り場では、巨大なカボチャのがま口が売られていて、ちょっと気になりました。4万5000円です。

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これも蛇足ですが、草間美術館の道路の向かい辺りに和算の天才、関孝和のお墓があったり、裏手の方に新宿区立漱石山房記念館があったりして、興味深いところです。

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2017.11.29

千葉市美術館で「没後70年 北野恒富展」を見る

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千葉市美術館で「没後70年 北野恒富展」(2017/11/3- 12/17:1200円)を見た。北野恒富は1880年に金沢に生まれ、大阪で活躍した画家。1947年に67歳に亡くなっている。展覧会の説明では「東京の鏑木清方、京都の上村松園と並ぶ、大阪を代表する美人画家として活躍を続けました」としている。鏑木清方も上村松園も個展をみたことがあるんだけど、これまで北野恒富の個展を見たことはなかった。断片的に、いくつか代表作を見てきただけで、なかなか全体像がわからないままでした。そういうわけで、今回の展覧会はかなり期待して見に行きました。そして、うれしいことに、ほぼ期待通りのものでした。

北野恒富は日本画で一貫して美人画を描いているのだけど、前期と後期で作風ががらりと変わっているように見えた。北野恒富の作品で見た覚えがあるのが、前期の代表作、大正2年(1913年)に描いた2曲1双の屏風絵「道行」と後期の代表作、昭和11年(1936年)に描いた2曲1双の屏風絵「いとさんこいさん」。

「道行」は近松門左衛門の「心中天の綱島」をテーマにした作品で、カタログによると「遊女小春と紙屋治兵衛の死出の旅が象徴的に描かれている」。屏風には男女2人と、からすが金地の上に3羽描かれていて、黒と金の色彩の対比が印象深く、退廃的で死の臭いが漂っている。

一方、「いとさんこいさん」はどろどろしたものがなく、色調も明るい。おそらくは十代のお嬢さんが2人、談笑しているところを描いている。カタログの解説によると「本作は、谷崎潤一郎作『細雪』と共通する世界観があることがしばしば指摘されてきた」としている。

つまり明治末から大正期は「画壇の悪魔派」と呼ばれ、退廃的で妖艶な女性を描き、昭和期はモダンですっきりとした、「はんなり」した作風に変化している。この中間にあるのが大正の後半で、今回の展示では第2章「深化する内面表現」で展示されている。特に「淀君」という大阪城の落城直前の淀君を描いた作品がもの凄く、ぞっとする。作風も日本画的になっていく。悪魔派から「はんなり」に時間をかけて移行していくのが見えてくる。

今回の展示では、恒富のもう一つの顔である、グラフィックデザイナー的な面についても、展示している。ほとんどが美人画を中心にしたポスターで、ビールとか日本酒、和服の宣伝です。このなかで、森村泰昌が恒富の作品を再現した高島屋のポスターも展示されているのが興味深いところ。

カタログには森村泰昌の、同じ大阪で美術家として生きた、北野恒富についてのエッセイも掲載されている。小出楢重と谷崎潤一郎、北野恒富について、論じているのですが、これもなかなか面白い。谷崎の小説の挿絵を小出も恒富も描いていて、この3人は縁が深いようだ。森村は細雪を取り上げながら、谷崎、小出、恒富がいた大阪の雰囲気を説いているのですが、大阪に縁の無い私にはあまりよく分からない。分からないけど、細雪を読めば、少しはその世界に近づけそうな気がする。というわけで、細雪を読んでみようかと思う今日この頃です。ちなみに千葉市美術館の展示は展示替えがあるので、後半もいってみようかと思います。

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2017.11.22

国立西洋美術館で「北斎とジャポニズム」を見る

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上野の国立西洋美術館で「北斎とジャポニスム―HOKUSAIが西洋に与えた衝撃」(2017/10/21-2018/1/28:1600円)を見た。「西洋近代芸術の展開を“北斎とジャポニスム”という観点から編み直す、日本発・世界初の展覧会です。国内外の美術館や個人コレクターが所蔵するモネ、ドガ、セザンヌ、ゴーガンをふくめた西洋の名作約220点と、北斎の錦絵約40点、版本約70点の計約110点を比較しながら展示します」とのこと。

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そこそこよく知られていること、例えば上の看板のように、北斎漫画にある相撲取りとドガの踊り子のポーズは似ていて、北斎漫画を見たドガが取り入れたとか、陶器やガラス工芸の図案に北斎の植物画や昆虫、鳥などのモチーフが使われているとか、その辺をより多くの作品を使って見せてくれるのかしらと思っていたら、ほかにも風景、特に富嶽三十六景の神奈川沖浪裏の波や、富嶽三十六景そのものもの影響も展示されていて、なかなか面白かった。

風景の影響のところで、興味深いのが、主体となる山の前に林や竹林を置いて、山を隠すというか、隙間から山が見えるような描き方は、北斎作品が西欧にわたるまではなかった、というあたりです。モネの作品で、手前に林がある状態でその先の風景を描いたものがあるのだけど、モネが北斎の作品で竹林の向こうに富士山がある作品を持っていたことから、そこから着想を得た、としています。

まあ、なかには強引な感じのする部分もありましたが、割と説得力のある展示だったと思います。
 


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2017.11.19

Bunkamura ザ・ミュージアムで「オットー・ネーベル展」を見る

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渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムで「オットー・ネーベル展」(2017/10/7-12/17:1500円)を見た。オットー・ネーベルはスイスで活躍したドイツ出身の画家。1892年に生まれ、1973年に亡くなっている。「1920年代半ばにはワイマールに滞在し、バウハウスでワリシー・カンディンスキーやパウル・クレーと出会い、長きにわたって友情を育みました」とのこと。日本初の回顧展だそうだ。回顧展というのは「作家の全生涯における作品や活動を総覧する展覧会」です。カンディンスキーやクレーが好きなので、見てみることにしました。

最初はクレーの亜流かな、とも思いましたが、そんのこともない。クレーとは違ったアプローチで、クレーと同じような対象を描いている作品があるので、一瞬、亜流かも、という気になったのかもしれない。単純な形を扱っているのに描線の書き込みが激しいというか細密なのだ。

そして色彩の探求がクレーより分析的に見える。特に「カラーアトラス」という考え方が面白い。カタログによると「1931年10月、ローマに到着したネーベルは南国の強い光の下で色彩の輝きに開眼し、訪れた各都市の色彩、光、響き、ニュアンスの詳細な記録にとりかかった」とある。訪問した土地で見た風景から色を抽出して、正方形で表し、より印象深いものは大きく描くというもので、スケッチブックの1枚に1都市、作成しているようだ。そして、その色彩のスケッチから絵画を構想し、描いていく。さて、ネーベルが東京とか京都を訪れたならば、どんなカラーアトラスを作成したんだろうか?

まあ、展示としては、クレーやカンディンスキー、シャガールの作品も、関連作品として拝見できるのがうれしい。

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