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2018.09.23

埼玉県立近代美術館で「阿部展也 ―あくなき越境者」を見る

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埼玉県立近代美術館で「阿部展也 ―あくなき越境者」(1000円:2018/9/15-11/4)を見た。阿部展也(あべ・のぶや、1913-1971)は画家で写真家。シュルレアリスムに始まり、キュビスムそしてアンフォルメルから幾何学的抽象へと、どんどん作風を変えていった美術家。生まれは新潟県五泉市で、亡くなったのはローマ。戦時中はフィリピンで写真家として従軍していたそうで、現地でフィリピン人と結婚しているものの敗戦を契機に離散しているらしい。

展覧会の構成は年代順で、以下のように5章で編成されている。

第1章 出発―〈妖精の距離〉と前衛写真 1932-1941
第2章 フィリピン従軍と戦後の再出発 1941-1947
第3章 人間像の変容―下落合のアトリエにて 1948-1957
第4章 技法の探求から「かたち」回帰へ―エンコ―スティックを中心に 1957-1967
第5章 未完の「越境」 1968-1971

第1章は瀧口修造との共作「妖精の距離」が面白い。1937年の作品で、瀧口の詩に阿部が絵を提供する詩集です。当時のシュルレアリスムの第一人者とでも呼べそうな瀧口とほぼ無名の阿部の組み合わせ、というのが興味深い(ちなみにカタログには阿倍の絵だけが掲載されていて、瀧口の詩は掲載されていない)。また、この時期は写真にも取り組んでいて、マン・レイ的な作品を手がけている。

2章は日本軍の宣伝班とか報道部としてフィリピンに従軍した時期の作品です。どうやら写真の技術を買われて、従軍したらしい。敗戦後は収容所にいてから、開放された、とのこと。

3章は日本に戻ってからの作品ですが、上の看板にも使われているタイプのユーモラスな人物画を描いている。その一方で、写真家の大辻清司と組んで実験的な写真作品にも取り組んでいる。これらの写真は、大辻清司の作品として展示されることが多いと思う。私も大辻清司作品だと思っていたのですが、「演出」は阿部による。この演出がどこまでを指すのか分からないけど、阿部と大辻の共同作品と言えそうだ。

4章になると作風は大きく変わる。具象から完全な抽象への転身です。「エンコースティック」という手法で描くようになって抽象画の画家になってしまった。ちなみにエンコースティックとは「蜜蝋と油絵具等を調合し、バーナーや金属コテで加熱しながら画面に定着させる技法」とのこと。画材の質感を探求するようなタッチで、立体感があってあまり見たことのない作品に仕上がってます。ただし、この期間の後半になると、円を描くようになり、作風ががらりと変化する。

5章は晩年の作品ですが、より幾何学的な作品を描くようになり、画材もその当時としては新しいアクリル絵具を使い始める。発色のよいアクリル絵具と幾何学的なパターンの組み合わせで、大きく作風が変わっています。

まあ、どんどん作風の変わっていく美術家ですが、3章のころの作品は桂ゆきを思い出させるようなところがあって、4章、5章で抽象化に向かうあたりも、桂ゆきがコルクを使った抽象的な作品に入っていくあたりと似ているなあ、と思いながら見ておりました。


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2018.09.13

東京都美術館で「没後50年 藤田嗣治展」を見る

東京都美術館で「没後50年 藤田嗣治展」(1600円:2018/7/31-10/8)を見た。画家・藤田嗣治(レオナール・フジタ) は1886年(明治19年)生まれで1968(昭和43年)に亡くなっている。カタログの年表によると、生まれたのは東京府牛込区で現在の東京都新宿区。父は陸軍軍医。亡くなったのはスイスのチューリッヒだ。

今回の展示は藤田の画業を「風景画」「肖像画」「裸婦」「宗教画」などのテーマに分けて見せてくれる。そして代表的な作品は、ほとんどそろっている。藤田の全貌を理解にするのにはちょうどいい感じです。秋田県立美術館にある「秋田の行事」が来るといいんだけど、まあ大きさを考えると難しいですね。

個人的には以下の2点が目新しかった。

1.藤田もキュビズムの絵を描いていたこと。
2.モディリアーニと親交があったこと。

キュビズムについては2点、絵が展示されていた。意外と面白い絵ではあるけど、習作といった感じ。モディリアーニについては、モディリアーニから画商を紹介してもらったりしている模様。モディリアーニに影響を受けたらしい、ちょっと首の長い女性たちの絵が4点あった。

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2018.09.05

東京ステーションギャラリーで「いわさきちひろ、絵描きです。」を見る

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東京ステーションギャラリーで「生誕100年 いわさきちひろ、絵描きです。」(1000円:2018/7/14-9/9)を見た。いわさきちひろは1918年生まれの画家。1974年に亡くなっている。私も子供の頃にいわさきちひろの絵本を読みました。でも、そこに描かれた子供たちがあまりにキレイで、自分とは違うな、という違和感が強く、あまり好きにはなれませんでした。また、年を取ってからも、例えばマリー・ローランサンあたりの甘さが苦手なように、いわさきちひろも、苦手でした。でまあ、この展覧会を見て、私のなかの「いわさきちひろ観」が多少変わった感じがしました。少なくとも、様々な試行錯誤を重ねて、やっと絵本の絵にたどり着いたということに、感動してます。

今回の展示は、いわさきちひろの生涯に沿って展開している。だから、その波瀾万丈な生涯を知ることができる。本当は美術学校に行きたかったのを両親に反対されて、婿養子を迎えて結婚し、夫の勤務地の大連に行き、なぜか夫は自殺して帰国。戦争中は長野県松本市に疎開。戦後は日本共産党に入党して、原爆の絵で有名な丸木位里・俊夫妻と絵を描いたり、前衛美術会の創立に参加したりしている。ここまでだと、絵本の絵にはほど遠い感じなんだけど、その後、松本善明と結婚して、子供も生まれ、本格的に童画とか絵本を手がけるようになる。とまあ、大雑把に見るとそんな感じです。童画を描くといっても、上の写真のポスターにも使われている《ハマヒルガオと少女》という作品のように油彩画だったりして、作品や時代ごとに画材や描き方を工夫している。

今回の展示でも、いわさきちひろの生涯の後半で描かれた絵について、線画中心の絵と線画ではなくぼかしやたらしこみ、パステルを水に垂らして引き延ばした絵を分けて見せてくれる。この2つの視点で見ることで、いわさきちひろの絵の奥行きを感じることができた。

ちなみに、この展覧会はアニメーション映画監督の高畑勲さんの監修で進められていたそうだ。残念なことに高畑さんは2018年4月5日に亡くなってしまったが、カタログには高畑さんによるいわさきちひろ論が掲載されている。そこではいわさきちひろの描く子供の横顔と正面の顔について分析していて、面白い。ちなみにカタログには視覚社会史研究者の足立 元氏による「前衛のちひろ 1947-1952」という、いわさきちひろが前衛美術会に所属していたころの立ち位置について解説したテキストがあって、これも面白かった。

この展覧会は、京都の美術館「えき」KYOTO(2018/11/16-12/25)、福岡の福岡アジア美術館(2019/4/20-5/26)に巡回するとのことです。


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2018.09.03

東京都庭園美術館で「ブラジル先住民の椅子」を見る

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東京都庭園美術館で「ブラジル先住民の椅子」(1200円:2018/6/30- 9/17)を見た。ブラジルの原住民の方々が作った椅子をアール・デコで統一された旧朝香宮邸に展示するという試みです。装飾的な室内に、シンプルでプリミティブな椅子を配置しています。この美術館にはホワイトキューブな新館もあって、そこでも椅子が展示されているのですが、旧朝香宮邸に展示されている方が、相当に印象深い。例えば美術館の玄関横にある第一応接室はガラス張りの大きな窓があって、部屋の中が見えるのですが、そこにジャガーの椅子が置かれていて、なかなかの違和感です(写真上:高解像度版はこちら)。

椅子はその由来で3つに分類されている。まず、「伝統的な椅子」。共同体の長老やシャーマンが座るもの。動物をモチーフにしている感じがあまりしないけど、文様が美しいです。文様は部族固有らしい(写真下:高解像度版はこちら)。

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2つ目が「動物形態の伝統的な椅子」。より宗教的なシーンで使う椅子らしい。鳥やサル、ジャガー、ワニ、アルマジロ、カエル、エイなどが、椅子のモチーフになっている。ちなみに下の写真は左からエイ、エイ、ジャガー(高解像度版はこちら)。エイはアマゾン川にいるらしい。それも猛毒です。ほかの作品でも、そうなんですが、ジャガーの顔が犬っぽい気がする。あんまり精悍な感じがしないのでした。

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3つ目が「動物彫刻の椅子」。現代の作家による椅子です。前の2つのカテゴリーでは、高さがほぼ同じでしたが、3つ目の分類では、そこそこ大きさに差がある。下の写真は、どちらもアリクイですが、大きさはかなり違う(高解像度版はこちら)。

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そして椅子というよりは置物に見えるものが多い。椅子だとしても、どこに座るのか悩ましい(写真下:高解像度版はこちら)。

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ちなみにこれらの椅子は一刀彫りだ。会場で流していたビデオでは、男達が森に行って、木を伐採し、その場で木の幹を削って、椅子を作っていた。

まあ、残念なのは、こんなに大量に椅子を見たのに、一つも座ることができなかったことですね。

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