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2018.12.31

松濤美術館で「終わりのむこうへ:廃墟の美術史」を見る

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渋谷区立松濤美術館で「終わりのむこうへ:廃墟の美術史」(500円:2018/12/8-2019/1/31)を見た。廃墟を描くというと、麻田浩とか元田久治、大岩オスカールといった現代作家を思い出すのですが、そのずっと前から廃墟を描くというのはテーマとしてあったらしい。この展覧会のプレスリリースによると「栄華や文明の痕跡を残しながら崩れ落ちようとする建造物や遺跡。『廃墟』は西洋美術のなかで、風景画の一角にくりかえし描かれていました。興味深いことに 18 世紀から 19 世紀にかけていわゆる廃墟趣味が流行すると、『廃墟』は絵画の主役の地位を確立していきます。『廃墟』を愛でること、描くこと-この美学は、近代に日本の美術のなかにも伝播しました」とのこと。

 

そういえば、国立西洋美術館で廃墟を描いた版画は見た覚えがありました。例えば下の作品は、ジョヴァンニ・バッティスタ・ピラネージの 《『ローマの景観』より:シビラの神殿、ティヴォリ(背後から)》ですが、今回の展覧会に合わせて、国立西洋美術館から借りてきたものです。ちなみに、撮影用のその拡大コピーを飾っていて、撮影させていただきました。この作品は1761年のもの。ジョヴァンニ・バッティスタ・ピラネージはイタリア人で版画家、建築家、舞台意匠家、考古学者という人物です。

 

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廃墟が意味するのは「無常の暗示」であり「滅びの美」である、とのこと。ヴァニタスという人生の空しさの寓意を表す静物画がありますが、その風景画版という感じです。

 

面白かったのは、18 世紀から 19 世紀にかけて廃墟趣味が流行した原因です。カタログの解説によると、まず18世紀に遺跡の発掘が相次いだこと。イタリアでポンペイ遺跡が見つかったのは、この時期だそうです。もう一つは、グランド・ツアーという、上流階級の子弟の通過儀礼として流行した海外旅行だそうです。歴史遺跡を巡ったりもしたそうで、その記念として廃墟の絵画とか版画が受け入れられた、ということらしい。

 

この展覧会では、その後の展開として、日本の画家への影響、20世紀前半のシュルレアリスムへの影響が展示されてます。最後に日本の現代作家、麻田浩とか元田久治、大岩オスカールの展示にうつっていきます。

 

これで500円というのは、なかなかコストパフォーマンスのよい展示でした。

 

 

 

 

 

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2018.12.21

東京オペラシティ アートギャラリーで「田根 剛|未来の記憶 」を見る

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東京オペラシティ アートギャラリーで「田根 剛|未来の記憶 」(1200円:2018/10/19-12/24)を見た。田根剛は1979年生まれの建築家。はサッカー選手になりたくて高校在学中にジェフユナイテッド市原のユースチームに所属していたが、怪我で断念。その後、建築家をめざすという異色の人。北海道東海大学芸術工学部建築学科を卒業後、ヨーロッパに渡っている。代表作はエストニア国立博物館(2016年開館)。私はNHK Eテレで2016年9月に放送された『SWITCHインタビュー 達人達』で知りました。そのときは杉本博司と田根剛との対談で、杉本ファンとして見たわけですが、杉本さんが田根さんにかなり興味を持っていたのが、そのときは印象に残った。まあ、その番組でエストニア国立博物館を知って、びっくりさせられたわけですが…。ちなみに下の写真がエストニア国立博物館を空撮したところ。

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エストニア国立博物館は旧ソビエト連邦の軍用地にある滑走路をそのデザインに活かして、設計されている。滑走路が徐々にせり上がっていくような建物です。ソビエト連邦から独立するまで、占領されていたという負のイメージを消すわけでもなく、むしろ活かして建てた建物で民族の歴史というか記憶を展示する、というものです。

この展覧会では、田根剛の建築に向かう考え方を展示で明らかにしようとする試みでした。まず「記憶の発掘」という展示から始まります。ここでは、田根のプロジェクトで実施する、イメージとテキストを使ったリサーチの手法、Archaeological Reseach(考古学的リサーチ)を具体的に見せるモノです(写真下)。

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次の展示ではエストニア国立博物館の映像を壁一面に投影していました。上の空撮映像もここで拝見できます。

映像の部屋を抜けると「建築の、構築」と題した展示になります。代表的な7つのプロジェクトを紹介するものです。主に建築模型で構成されてます。2012年の新国立競技場国際デザイン・コンクールで選出された「古墳スタジアム」、2020年開館予定の(仮称)弘前市芸術文化施設、京都十条で進行中の複合施設「10 kyoto」などがありました。下の写真が「古墳スタジアム」。中央が空いていて、くぐって首をだすことができます。この案はいいなあと思いました。暑さ対策にもなっている気がするし。

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下が「10 kyoto」。京都十条で建設中の文化複合施設です。

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最後に田根が2004年以降、手がけてきたプロジェクト、実現しなかったものを含めて、展示してます。


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2018.12.14

表参道のスパイラルで「CITIZEN“WeCelebrateTime”100周年展」を見る

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表参道のスパイラルで「CITIZEN“WeCelebrateTime”100周年展」(無料:2018/12/7-12/16)を見た。シチズン時計の創業100周年の記念展示です。曰く「6年に渡り「時とは何か?」を共に問い続けてきた建築家の田根剛氏(AtelierTsuyoshiTaneArchitects)と、シチズンの時計メーカーとしての信念を表現する展示空間を、スパイラルガーデンにて展開します」とのこと。場所は1階のスパラルガーデン。ココの奥に巨大ならせん階段があるのだけど、その内側にキラキラ光るインスタレーションが展開されている。腕時計の部品を吊り下げて、巨大な渦を作っている(写真上:高解像度版はこちら)。

各部品をアップでみると下のようになる(高解像度版はこちら)。ちなみに、この展示に使われている部品、「地板」というらしい、の数は7万2000個とのこと。

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この展示をしばし、陶然と眺めた後、1秒間に起きる出来事、例えば銀河の写真を投影して、字幕として「1秒の間にアンドロメダ銀河が140km近づき」というのが延々と映し出される「Synchronized Time」というビデオインスタレーションとか、人類による時間の計測史、日時計から原子時計、暦などを時系列で展示する「Discovering Time」とかを見てきました。ちなみに写真撮影はOKでした。

ちなみに「寺山修司 時をめぐる幻想」という、寺山修司がシチズン時計の広報誌に寄稿したテキストに絵をつけた本が売られていて、かなり気になりました。買うかどうか考えているところ。

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2018.12.10

アーツ前橋で「岡本太郎と『今日の芸術』 絵はすべての人の作るもの」を見る

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アーツ前橋で「岡本太郎と『今日の芸術』 絵はすべての人の作るもの」(600円:2018/10/5-2019/1/14)を見た。1954年に光文社のカッパブックスから出版された岡本太郎による芸術入門書「今日の芸術」に沿って、岡本太郎の思想を考える展覧会です。「今日の芸術」の章立てをトレースしながら、岡本太郎作品を当てはめていくイメージです。ちなみに「今日の芸術」は今でも入手可能で、光文社知恵の森文庫に収められています。1954年に出版されたものとは、多少違って、横尾忠則が序文を、赤瀬川源平が解説を書いてます。まあ、本文はほぼ同じもんだそうです。

この展覧会で見えてくるのは、「今日の芸術」がかなり分かりやすく、論理的であること。そして「今日の芸術」の章立てで並べられた岡本作品は、時系列で見るよりは分かりやすいこと。そんな感じです。

展示の最後に岡本フォロアーというか、岡本太郎に影響を受けたと見られる方々の作品が展示されてました。まあ、一番目を引くのが関口光太郎の《SUN TOWER 2020/MAKET》。この作品は撮影可でした(写真下)。

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なぜか、この場所だけ、天井をくりぬいて、吹き抜けになってます。おかげで、こういった大きな作品が展示できたわけです。ちなみにアーツ前橋は地下がメインの展示会場になってます。

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2018.12.05

水戸芸術館で「霧の抵抗 中谷芙二子」を見る

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水戸芸術館で「霧の抵抗 中谷芙二子」(900円:2018/10/27-2019/1/20)を見た。中谷芙二子(なかやふじこ)は1933年生まれのアーティスト。“ 霧のアーティスト ”として知られ、世界各地で水を使った人工霧のインスタレーション「霧の彫刻」を実施している。父は雪の結晶を世界で初めて人工的に作った実験物理学者の中谷宇吉郎。

今回の展示では、実際に霧の彫刻が体験できる。それも屋外と屋内。屋外は水戸芸術館の芝生が青い広場。下の写真のようになります。

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これを日没後もやっていて、かなり幻想的な風景がリアルに展開されます。霧は人工のものなのに、水戸芸術館の広場全体に広がっていきます。

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屋内の方は、展示会場の一番奥で、入れ替え制で実施してました。下の写真がその会場で、霧が出る前の状態。さらにその下の写真がインスタレーションを実施したところ。鳥が霧の中を飛んでます。屋外と違って、屋内はしっかりと湿度100%を感じることができます。

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屋内の展示では、過去の作品が展示されてます。主に動画です。最初の作品、1970年の大阪万博で実施したペプシ館での人工霧のインスタレーションに始まり、最近の作品まで展示してました。動画を見ていると、霧の彫刻は、実施した場所の地形や風向きで、様々な形態をとることが分かります。さながら、巨大な波のように動いていたりして、かなり面白い。

霧の彫刻も、その成立にはいろんな方々がからんでいて、特に米国のE.A.T. (Experiments in Art & Technology)というアーティストとエンジニア/科学者のグループの役割は大きい。E.A.T.は「1966年から67年にかけて、当時ベル電話研究所に在籍していたエンジニアのB・クルーヴァーを中心として、R・ラウシェンバーグ、R・ホイットマンらによって結成された」(artscapeのArtwordsから引用)もので、中谷は1969年にE.A.T.のメンバーやほかのエンジニアらと、1970年の大阪万博「ペプシ館」のデザインチームに加わっている。

今回の展示では、E.A.T.が実施したプロジェクトで中谷の関係したものも展示している。1971 年に実施したテレックスを使って世界4都市(ストックホルム、ニューヨーク、アーメダバード(インド)、東京)を結び質問と回答を送り合う「ユートピア Q&A1981」とかいくつかのビデオ作品を拝見した。

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2018.12.02

東京都美術館で「ムンク展 ―共鳴する魂の叫び」を見る

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東京都美術館で「ムンク展 ―共鳴する魂の叫び」(1600円:2018/10/27-2019/1/20)を見た。エドヴァルド・ムンクは1863年12月12日 生まれで、1944年1月23日に亡くなったノルウェーの国民的な画家。ちなみに日本では1863年に岡倉天心が生まれている。岡倉天心は50歳で亡くなったが、ムンクは長生きで80歳まで生きた。日本でいうと幕末に生まれて、明治大正期に活躍し、第2次世界大戦中に亡くなった、という感じ。

今回は「ノルウェーの首都にあるオスロ市立ムンク美術館が誇る世界最大のコレクションを中心に、代表作≪叫び≫など油彩の名品約60点が集結。版画などを加えた約100点を展示します」とのことで、《叫び》が出展されることが強調されてます。ちなみに、今回展示されている「叫び」はオスロ市立ムンク美術館の収蔵品でテンペラと油彩で描かれている。絵画の「叫び」は3点あり、そのほかにリトグラフもある、とのこと。今回の展示でも《叫び》は人が並ぶから、展示も少々特別扱いされてました。

今回の展示では、ムンクは自画像の画家で、色彩の画家であることが、個人的な発見でした。ムンク展はこれまでも何度か日本で開催されていて、私が初めて見たのが、1981年に竹橋の東京国立近代美術館で開かれた展覧会です。当時、高橋葉介さんのマンガで《病める子》をモチーフにした作品があって、そのためかムンクというと《病める子》を思い出すわけです。死や病いを陰鬱な色で表す画家というイメージです。

自画像については、今回、初めて描いた作品、晩年の作品まで展示されていて、そのあたりも面白い。最初の自画像は19歳のときのもので、写実的で晩年のものとはまったく違う。晩年になると、タッチは荒くなり、色彩は青や緑を使って、鮮やかに仕上げている。晩年というか、年を取ってから描いた自画像や風景画はいずれも色彩が鮮やかで、マティスなどのフォービズムに近い感じがする。ちなみに、自画像の展示に合わせて、ムンクが自撮りした写真が展示されていました。写真自体はピントが外れていたり、構図もなにもない作品で、適当に撮った感じがするのですが、それでもムンクも写真の時代の芸術家なんだな、というあたりが気になるところ。

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上の写真は、展示会場の外にあったビデオ作品で、複数のディスプレイを設置して、そこにムンクの作品の部分を表示してます。これを見ても色彩が溢れているのが分かります。


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