カテゴリー「art」の記事

2018.11.11

富山県美術館で「三沢厚彦 ANIMALS IN TOYAMA」を見る

Ph02

富山県美術館で「三沢厚彦 ANIMALS IN TOYAMA」(1300円:2018/10/20-12/25)を見た。富山県美術館は富山県の県立美術館です。富山駅の北口から徒歩15分。向かい側が富岩運河環水公園で裏側にいたち川が流れている。2016年12月に開館。その前身は1981年7月に開館した富山県立近代美術館です。コンセプトは「アートとデザインをつなぐ、世界で初めての美術館」とのこと。英語表記は「Toyama Prefectural Museum of Art and Design」で、略称はTADです。アートについては常設の20世紀現代美術と瀧口修造コレクション、デザインについては膨大な椅子とポスターのコレクションがある。

常設コレクションとしていくつか、彫刻作品があるのですが、そのなかに三沢厚彦さんの作品もあって、なかなか魅力的です。まあ、そういう関係もあってか、大規模な個展となってます。三沢さんは2000年から動物をモチーフにした彫刻「ANIMALS(アニマルズ)」シリーズを発表しているのですが、今回の個展では、その前の時期の作品から始まって、「ANIMALS」シリーズ、そして三沢厚彦、舟越桂、小林正人、杉戸洋、浅田政志による「三沢厚彦×アニマルハウス IN TOYAMA」という構成になってます。「アニマルハウス」という企画は2017年に渋谷区立松濤美術館で開催した「三沢厚彦 アニマルハウス 謎の館」の富山県美術館版ということでした(過去記事はこちら)。5人で作成した作品もあって、なかなか刺激的でした。合わせて、「アニマルコレクション」というのもあって、三沢さんのコレクションが飾ってありました。森山大道の写真とか小林孝亘の油彩などがあって、これはこれで興味深い。

「ANIMALS」シリーズしか知らなかったので、初期の作品はかなり興味深いモノです。初期作品はいろんな素材を組み合わせた立体作品で、「ANIMALS」シリーズで樟(クスノキ)を使い、ほぼ等身大に彫り込み彩色をした木彫とはかなり作風が違います。下の写真は《彫刻家の棚》という作品で1993年に制作されたものです。素材は「木、石膏、布、紙、鉄、油彩、アクリル」となってます。

Ph03

1995年の作品《コロイドトンプ(ヒトウマ)》(左)と《コロイドトンプ(ティム)》(右)では資材は「木を主としたミクストメディア」となってます(写真下)。

Ph05

そして1998年制作の《コロイドトンプ(TRANSFORM)》(左)と《コロイドトンプ(彫刻ノウト)》(右)は素材は「樟、桂」になっている(写真下)。

Ph04

この作品をアップで撮ると下のようになります。

Ph06

2000年になると「ANIMALS」シリーズが始まります。下の写真は左から2009年制作の《Animal 2009-02》、2011年制作の《Animal 2011-01》、2018年制作の《Animal 2018-02》、2017年制作の《Animal 2017-02》。いずれも素材は樟(クスノキ)で油彩で着色してます。

Ph07

ちなみに油彩画も手がけている。素朴な感じに惹かれます。下の写真はいずれも2016年制作。タイトルは左から《クマ1》《クマ2》《クマ3》。

Ph08

今回は一部の展示が撮影可でした。できれば全部可にしてほしいですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018.11.04

東京ステーションギャラリーで「横山華山」を見る

Ph01

東京ステーションギャラリーで「横山華山」(1100円:2018/9/22-11/11)を見た。横山華山は1781年(天明元年)または1784年(天明4年)に生まれ、1837年(天保8年)に没した絵師。主に京都で活躍した。曾我蕭白や与謝野蕪村が死んだ頃に生まれ、20歳になるあたりで伊藤若冲が死んでいる。ちなみに北斎は華山のなくなった12年後に死んでいる。まあ、活躍した時期は北斎と同じころ、という感じ。

「曾我蕭白に傾倒し、岸駒に入門した後、呉春に私淑して絵の幅を広げ、多くの流派の画法を身につけました。そして、諸画派に属さず、画壇の潮流に左右されない、自由な画風と筆遣いで人気を博しました。その名声は日本中に広がり、ほかの絵師たちにも大きな影響を与え、門人も抱えました」とのことで、なぜ、ほぼ埋もれた作家になってしまったのか、不思議なところです。

実際、展示の冒頭で曾我蕭白と横山崋山の「蝦蟇仙人図」が並んでいて、その横に「寒山拾得図」に置かれているのですが、崋山のことを知らないと3作品とも蕭白作品に見える。蕭白のタッチってそうそう真似のできるものではないと思うのですが、蕭白的なモノを完全に手に入れている、その技巧的な部分で、絵のうまさを感じます。

華山の才能は、あらゆる画風を吸収して、自分のモノにしていくところにあると思われます。今回の展示では、人物画、花鳥画、風俗画、山水画とさまざまな分野の絵が並んでいるのですが、どれも面白い。例えば《唐子図屛風》に描かれる子供達は蕭白の唐子とは違って、子供らしく可愛いい。《虎図押絵貼屛風》という12カ月分の虎、つまり12種類の虎を描いた作品は、描き分けがうまく、岸駒という虎絵の名手に入門した以上のモノが感じられる。

今回の展示では《紅花屛風》と《祇園祭礼図巻》が見どころとされています。

《紅花屛風》は紅を作成する工程を紅花の栽培から加工まで描いたもので、一種のドキュメンタリー作品です。6曲1双という巨大な作品ですが、かなり精密に描写している。実際、紅花の産地、武州(現在の埼玉県上尾市、桶川市のあたり)や南仙(宮城県)まで行って取材しているそうで、描写は正確らしい。

もう一方の《祇園祭礼図巻》は祇園祭を取材したドキュメンタリーです。上下巻約30mの絵巻で、祇園祭に登場する山鉾をすべて描いたもの。山鉾だけでなく、それを曳く人達の様子も生き生きと描いています。

まあ、これだけの描き手が、どうして埋もれてしまったのか、というのは気になるところですが、おそらくは流派に属さないことや、ほぼオールジャンル的に描いているため、特徴抽出が難しいあたりに、あるような気がします。一方で、《紅花屛風》と《祇園祭礼図巻》から見て分かる、ドキュメンタリー的な手法は、昔は評価しにくかったのかもしれません。あと、今回の出展リストを見ていて思うのは、ほとんどが個人蔵で、美術館に常設されているものが少ないというのも気になります。単純に露出する機会が少ない、ということですから。ちなみに、名前が横山大観と渡辺崋山にかぶっていて、浸透しなかったかも、という見方もあるようです。まあ、そういう側面もあるかも。

東京ステーションギャラリーのあとは宮城県美術館(2019/4/20-6/23)、京都文化博物館(2019/7/2-8/17)に巡回するそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018.10.31

熱海のMOA美術館で「信長とクアトロ・ラガッツィ 桃山の夢と幻 + 杉本博司と天正少年使節が見たヨーロッパ」を見る

Ph01jpg

熱海のMOA美術館で「信長とクアトロ・ラガッツィ 桃山の夢と幻 + 杉本博司と天正少年使節が見たヨーロッパ」(1600円:2018/10/5-2018/11/4)を見た。「リニューアル記念特別展」とのこと。MOA美術館は1982年(昭和57年)に開館したそうで、まあ、そこそこ古くなったので、2016年にリニューアル工事を始めて2017年に再オープンしている。全体的に照明が暗く、落ち着いた感じになりました。作品の鑑賞に集中できる、という印象です。展示ケースの向かい側に黒い漆喰の壁を配置して、ガラスケースへの映り込みを減らすとか、そういった細かな工夫もあるようです。こういったデザイン面のリニューアルを実施したのが杉本博司と榊田倫之の主宰する新素材研究所。それでリニューアル記念として、 杉本博司の企画展となったようです。

下の写真が展示風景です。

Ph07

こちらも展示風景です。野々村仁清の《色絵藤花文茶壺》。国宝です。

Ph06

今回の企画展は、杉本さんがライフワークとしている劇場シリーズの撮影でイタリアのヴェネト州ヴィチェンツァにオリンピコ劇場を訪れたとき、およそ430年前に日本から4人の少年が使節として訪れたことを知ったことから始まる、とのこと。4人の少年とは天正遣欧少年使節のこと。信長が本能寺の変で没する直前に日本を旅立っている。

信長と天正遣欧少年使節の関係は深いようだ。信長はローマ教皇に献上すべく、狩野永徳に描かせた《安土城図屏風》を天正遣欧少年使節によってローマへ運ばせている。

今回の企画展では、その前半となる「信長とクアトロ・ラガッツィ 桃山の夢と幻」では信長像(3点ありました)や茶器、安土城に関わる屏風、南蛮図屏風が並ぶ。例えば下の屏風絵は《南蛮人渡来図屏風》。今回、MOA美術館の収蔵品は撮影可でしたので、掲載しておきます。こういった作品群を見ると、安土桃山時代の美術作品の特徴として、キリスト教伝来による南蛮的なモノの影響が挙げられるように見える。おそらくは日本人が初めて西洋画にふれ、その技法を教わったのは、この安土桃山時代なのだろう。

Ph02

Ph03

ちなみに、この手の南蛮系美術品は神戸市立博物館とか長崎県美術館、長崎歴史文化博物館あたりの所蔵品が多いのですが、今回は南蛮文化館という私立美術館からもいくつか出展されていていて、ちょっと興味深かった。

後半の「杉本博司と天正少年使節が見たヨーロッパ」では杉本さんのモノクロ写真とキリシタン関連の作品や資料が並んでます。基本的に4人の少年が見たものを、杉本写真で追体験する、という企画のようです。

というわけで《ピサの斜塔》。杉本作品の建築シリーズです。あえて、ピントを外して撮影した作品です。

Ph08

左側が《パンテオン、ローマ》。満月の夜に天窓から入る光だけで撮影したというもの。

Ph09

《天国の門》が展示されている部屋。初期ルネサンスの代表的な彫刻作品を撮影したもの。フォレンツェの大聖堂に付設するサン・ジョヴァンニ洗礼堂の北側の扉として作られた作品だそうです。

Ph12

この部屋を出ると、《月下紅白梅図》が置いてありました。こちらは杉本さんの作品で、光琳の紅白梅図屏風をベースにした作品です。

Ph11

この展示では全く触れていないのですが、狩野永徳の《安土城図屏風》を探すプロジェクトも進行中です。クラウドファンディングのMakuakeで募集中で「杉本博司と探す! 安土城図屏風 探索プロジェクト」というものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018.10.19

上野の森美術館で「フェルメール展」を見る

Ph01

上野の森美術館で「フェルメール展」(2500円:2018/10/5-2019/2/3)を見た。フェルメールの作品は32枚から36枚まで、いろいろな説があるようですが、この展覧会の主催者は35枚説を指示しているらしい。今回は9点のフェルメールが展示されるので、9/35となっている。当初は8/35だったのが、もう1点増えたのだ。

今回、来日したのは以下の9点。
・牛乳を注ぐ女(アムステルダム国立美術館)
・マルタとマリアの家のキリスト(スコットランド・ナショナル・ギャラリー)
・手紙を書く婦人と召使い(アイルランド・ナショナル・ギャラリー)
・ワイングラス(ベルリン国立美術館)
・手紙を書く女(ワシントン・ナショナル・ギャラリー)
・赤い帽子の娘(ワシントン・ナショナル・ギャラリー)
・リュートを調弦する女(メトロポリタン美術館)
・真珠の首飾りの女(ベルリン国立美術館)
・取り持ち女(ドレスデン国立古典絵画館)

このうち、日本で初めて公開されるのは「ワイングラス」「赤い帽子の娘」「取り持ち女」の3点。会期中に展示替えがあり、「赤い帽子の娘」は12/20までで、「取り持ち女」は2019年1月9日(水)から会期終了まで展示される。ちなみに大阪の大阪市立美術館にて2019/2/16-5/12の期間で巡回するが、展示点数は6点に減るけど、入場料は安くなるようです。

まあ初日に行ったので「取り持ち女」は拝見できておりません。再度、行くかどうか思案中です。

入場は日時限定の予約制です。基本はサイトでチケットを購入するのですが、電話受付とか店舗受付とかもあるようです。定員が何人なのか分かりませんが、定員に達しない場合は当日券も購入できるようです。ネット販売は、ちけっとぴあとフジテレビダイレクトが選べます。ジテレビダイレクトで購入したのですが、最終的にはセブンイレブンで発券するという、少々面倒なシステムでした。ちなみに、フジテレビがかんでくるのは、産経新聞創刊85年・フジテレビ開局60周年記念事業のためでした。チケットには図録付き5000円というのがあって、3000円の図録が500円安く購入できます。図録も買うなら、こちらの方がいいでしょう。

でまあ、初日の夜に予約して、行ってみたんですが、なぜか入場に時間がかかり、雨のなか、行列に並んでました。中はそこそこ込んでいましたが、まあ、そんなにひどくもない、という感じ。1カ所、猛烈に狭いところがあるけど、上野の森美術館でやるんなら、そういうこともあるだろうと、ほぼ想定内でした。展示は大きく2部構成で前半が、フェルメールと同時代となる17世紀オランダ絵画の肖像画、宗教画、風景画、静物画、風俗画が並び、最後にフェルメールの作品が並ぶ大きな展示室にはいります。まあ、2階が17世紀オランダ絵画で1階がフェルメールという構成です。

17世紀オランダ絵画がなかなか傑作揃いで、かつあらゆる分野を網羅していたのが印象的です。肖像画から風俗画まであるので、その展示を見てから、フェルメールを見ると、フェルメールの個性が見えてくる。フェルメールは風俗画が中心で、肖像画とか静物画は描いていないのがよく分かる。図録にある解説「フェルメールは何を描かなかったのか」(千足伸行著:成城大学名誉教授 広島県立美術館長)によると、フェルメールは動物や子供、老人も描かないとしていて、その通りでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018.10.15

東京国立博物館で「マルセル・デュシャンと日本美術」を見る

Ph01

東京国立博物館で「マルセル・デュシャンと日本美術」(1200円:2018/10/2-12/9)を見た。タイトルとか、千利休による「竹一重切花入 銘 園城寺」とデュシャンの「泉」が並んだチラシからすると、ひょっとして、呼応するように見えるデュシャン作品と日本美術作品が、混然と展示されているのかしら? と想像していたのですが、そんなことはありませんでした。まあ、もし、そうであったら収拾がつかないはずだしね。

実態は、展示のほぼ2/3がマルセル・デュシャン展で、残りの1/3が「デュシャンの向こうに日本がみえる。」というタイトルの付いた展示です。「デュシャンの向こうに…」では、レディメイドやコピーといったデュシャンが用いた手法で日本美術を鑑賞してみる、というものでした。まあ、見た感じでは、「デュシャンの向こうに日本がみえる。」はなくてもあっても、どっちでもいいか、というレベルにしか見えませんでした。利休の花入をレディメイドでくくるのはいいのだけど、それ以外の項目にあんまり説得力がなかった。第一印象はデュシャンの展示だけでは足りないので、苦肉の策で付け足したのかしら、というものでした。まあ、カタログの解説を読むと、そうではないらしいのですが、いずれにしても説明が足りない。カタログを読んでも分からない。

まあ、それでもマルセル・デュシャン展は面白かった。まずは自転車の車輪をひっくり返した作品とデュシャンの写真、泉と自転車の車輪と一緒に写ってます(写真上:高解像度版はこちら)。この次が第1章「画家としてのデュシャン」です。デュシャンの絵画については、《階段を降りる裸体 No. 2》ぐらいしか知らなかったので、かなり面白い。階段を降りる裸体 No. 2はキュビズムで描いているのだけど、以下のような作品です。

Ph04


キュビズムの前は、後期印象派風の絵を描いていますが、かなり独特です。下の写真は《芸術家の父親の肖像》という1910年の作品です。このあと、1912年には階段を降りる裸体を描いているわけで、急速に画風が変化したことになる。

Ph02

面白いのは1912年で絵を描くのをやめてしまっていること。その後、1917年までは《彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも》(通称《大ガラス》) (1915-23)の構想とか、「レディメイド」と呼ばれる一連の作品の制作に移っていきます。今回は《自転車の車輪》のほかに《泉》(高解像度版はこちら)と《瓶乾燥器》(高解像度版はこちら)が展示されてました。

Ph05


Ph06


《大ガラス》もレディメイドの作品も、造形の面白さが感じされるのですが、デュシャンのその後の活動については、あまりピンとこない。「1920年代および1930年代のパリ滞在、そして第二次世界大戦中に亡命者として過ごしたニューヨーク」とパリからアメリカに移動するのですが、その期間は「職業を芸術からチェスへ転換しようといい始め」たり、「「ローズ・セラヴィ」と名付けた女性に扮し」たりしてます。解説によると「芸術家としてではなく、企画者あるいはキュレーターという裏方として活躍、有名になっていきます」とのこと。

展示の最後は、文字通りの《遺作》という作品を紹介して、おしまいです。フィラデルフィア美術館にある動かせない作品で、死ぬ前の20年をかけて、秘密裏に作成した、とのこと。持ってこれないので、作品の資料と映像を展示してます。木のごつい観音開きの扉があって、そこに穴があいていて、のぞけるようになっている作品で、のぞき見ることで、成立する作品です。

その後に、「デュシャンの向こうに…」があって、展示が終わります。

ちなみにデュシャン展のカタログは翻訳本です。やたらと解説が長く、読むのが面倒です。絵の解説がどこにあるのか探すのが一苦労で、解説自体も今ひとつで分かりにくい。3000円ですので、購入するときは中身を確認したほうがいいでしょう。「デュシャンの向こうに…」は別途、カタログが用意されています。1500円です。東京版の大ガラスについての解説があったので、購入しました。

さらに、ちなみに、iPhoneケースも販売してます。iPhone 7/8用を購入しました。3240円です。ただし、階段を降りる裸体が印刷されているわけでもなく、なぜか写楽の「三代目大谷鬼治の江戸兵衛」です。「デュシャンの向こうに…」で展示されていたからでしょう。ケースの縁というか側面の部分まで印刷されていて、そこそこ凝ってます。まあ、このケースが購入できたので「デュシャンの向こうに…」の意義もあったのでは、といい加減なことを考えております。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018.10.12

国立新美術館で「オルセー美術館特別企画 ピエール・ボナール展」を見る

Ph01

国立新美術館で「オルセー美術館特別企画 ピエール・ボナール展」(1600円:2018/9/26- 12/17)を見た。ボナールは1867年に生まれ、1947年に亡くなった、フランス人画家。ポスト印象派の一つ、ナビ派の画家です。ボナールの生まれた1867年には、日本では夏目漱石が生まれていたり、アメリカでは建築家のフランク・ロイド・ライトが生まれていたりする。近代だけど、かなり現代に近い感じがする。

今回は、オルセー美術館のコレクションを中心に、日本国内にあるボナール作品も集めた、という感じ。うらわ美術館とか上原美術館といったところの収蔵品も展示されていた。興味深いのは、リトグラフで作成したポスターや本の挿絵、ボナールが撮影した写真が展示されていたこと。

リトグラフの作品は、広告用のポスターだけど、手書きの文字の感じもポップで、絵画と言うよりはイラスト的なモノでなかなか面白い。現代では商業美術であるイラストレーター的な才能と純粋芸術である美術家的な才能は、ほぼ分かれているけど、この時代はまだ未分化なのだろうか? とか考えてしまう。

写真はコダックのカメラで撮影している。カタログの解説によると、1889年からコダックの創業者が、それまでの写真乾版に取って代わる、フィルムを発売し、一挙に写真の普及が始まったとのこと。ボナールはコダックの写真機を入手して、スナップ写真を残している。古いモノは1891年とあり、かなり早い時期から、写真を撮っていたらしい。家族や恋人を撮影していて、ヌードもある。ヌードのうちの1枚が、油彩の裸婦像と同じ構図であったりして、写真を絵の資料にしていたらしく、その辺も興味深い。

肝心の油彩画は、ヌード、静物画、風景画の3つにわけて展示してました。ヌードについては初期の作品で生々しいのが1点あったけど、展示されているヌードのほとんどが、わりとあっけらかんとした感じ。静物画や風景画は、色彩にあふれていて、その組み合わせが面白い。描いたモノの形よりも、先に色彩を感じてしまう、という感じ。


ちょっと興味深かったのは、展示の最後にあったAIT(Art Immersion Technology)という展示。「画家が目にしたが、描かれなかった風景」を鑑賞する、というシカケです。カーテンで仕切られた部屋に入ると、四方の壁にボナールによる風景画が投影されています。6点ありました。まあ、そのうちの1点ですが下の写真のような感じです。

Ph02

この絵が、下の写真のように、実際の風景に変り

Ph03

そこから、下の写真のように、フレームから映像が広がって、360度の風景映像に変わるというものです。

Ph04

プロジェクターを使ったプロジェクションマッピングで、投影しています。「「描かれることのなかった風景」を鑑賞することができれば、「画家の視界」を体験している状態になり、なぜその風景の中から画家がその場所を切り取ったのかを体感できるのではないか」とのこと。なぜボナールがその部分を切り取って、絵を描いたのかは、分からなかったけど、試みとしては面白かった。NIKKEI Innovation Labと面白法人カヤックで開発したものだそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018.10.08

「2018年のフランケンシュタイン - バイオアートにみる芸術と科学と社会のいま」を見る

表参道のEYE OF GYREというギャラリーで「2018年のフランケンシュタイン - バイオアートにみる芸術と科学と社会のいま」を見た。EYE OF GYREはGYREというとんがった感じの複合施設の3階にあるギャラリー。バイオアートという言葉を見ることは多いのだけど、実際の作品を見たことがあまりなかったので、覗いてみました。人の目のをひく美術作品的なアウトプットではあるのだけど、素材や作成過程にバイオテクノロジーが絡んでくる何かかな、と考えながら行きました。

「2018年のフランケンシュタイン」というタイトルは「イギリスの小説家メアリー・シェリーが「フランケンシュタイン」を発表して2018年で200年となる」という事実から、付けられたものらしい。フランケンシュタインの提起した問題、「創造物による創造主への反乱」や「神に代わり生命を創り出すことの代償」、「性と生殖の分離」に対峙している作家の作品を紹介する展示としている。「蘇生」「人新世」「生政治」の3章で構成してます。

第1章の「蘇生」で紹介しているのは、幹細胞技術で死んだファッション・デザイナーの皮膚を再生してジャケットを作成するというプロジェクト《Pure Human》、神話上の生物ユニコーンを実在する生物のように制作した《蘇生するユニコーン》など。Pure Humanは解説を読まないと、理解不能。蘇生するユニコーンはリアルなユニコーンが横たわっていて、分かりやすい(写真下)。

Ph01

第2章のタイトル「人新世」という言葉は、展覧会での解説によると「オゾンホールの解明でノーベル賞を受賞したパウル・クルッツェンらは、このように人為が自然を覆い尽くし、人間の活動が火山の噴火や津波、地震、隕石の衝突といった出来事に匹敵するほどの影響力を持つようになってきたことを2000年代初期に指摘し、新たな地質年代として「人新世」を提唱した」とのこと。ここでのテーマは人類によって、いいように扱われている環境らしい。マーク・ダイオンによる真っ黒な鳥の彫刻「タール漬けの鳥」とか本多沙映によるプラスチックを使った人工石「Everybody needs a rock」あたりはバイオがあまり関係ないし、説明を見ないと、そもそもなんなのか理解できない。でもAKI INOMATAによる《やどかりに「やど」をわたしてみる》は分かりやすく、ほっとする。3Dプリンターで透明な貝殻を作って、ヤドカリに住んでもらうというもの。会場には実際に水槽があってヤドカリがいた(写真下)。まあ解説を読むと、貝殻が都市の模型になっているらしく、そこに意味が付加されているけど、まあどうでもいい。

Ph03

第3章のタイトル「生政治」はミシェル・フーコーによる言葉で「「従わなければ殺す」という論理による中世の政治形態から、福利厚生や福祉を目的に個人の生を情報(出生率、死亡率、健康水準、寿命、それらを変化させる条件など)に還元し、集中管理する近代的な政治形態」とのこと。ここでの展示作品は2つ。街角に捨てられたゴミからDNAを採取し、そこから捨てた人の顔を再現するヘザー・デューイ=ハグボーグの《ストレンジャー・ヴィジョンズ》。もう一つは2018年にBCLが発表した《BLP-2000B:DNAブラックリスト・プリンター》。「パンデミックを起こす危険性を持ったウイルスの塩基配列などバイオ企業が合成を禁止しているDNA配列のみを作成して印刷する」というもので、印刷された紙がとぐろを巻いていた(写真下)。

Ph02

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018.10.05

東京藝術大学大学美術館 陳列館で「台湾写真表現の今〈Inside / Outside〉」を見る

東京藝術大学大学美術館 陳列館で「台湾写真表現の今〈Inside / Outside〉」(無料:2018/9/14-9/29)を見た。「台湾で制作発表する1960 年代以降生まれで、あまり日本では紹介される事の少なかった8名の写真家による展覧会となります」とのこと。ベッヒャー風とか荒木経惟風とか、トーマス・ルフ風とか、なかなか面白い作品が多かった。撮影可でしたので、気になった先品を掲載しておきます。

 下の写真は台湾の伝統的な道教の祭りを撮影したもの。妙に輪郭が強調されていて、裏側に回ると、刺繍されているのが分かるという作品。邱國峻の作品。

Ph01jpg


Ph02


Ph03


次が建物の写真。全部、田の字になっている解体途中の建物の写真。楊欽盛の作品です。「政府の新都市開発方針により、区画整理のためにはみ出した部分が切り取られた家」とのこと。台湾には普通にあるらしい。でもかなりユニークな風景です。

Ph04

吳政璋の作品は風景です。その中に人が立っているのだけど、顔が白く飛んでいる、というもの。台湾のごく日常的な風景は、そこそこ整っていて、美しいのだけど、そこに顔の見えない人が立っていて、なんとなく違和感を醸し出す、という作品。

Ph05

ちなみに、なぜか立派な図録を無料で配っていて、得した感じです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018.10.01

千葉市美術館で「1968年 激動の時代の芸術」を見る

Ph01

千葉市美術館で「1968年 激動の時代の芸術」(1200円:2018/9/19- 11/11 )を見た。今から50年前、1968年(昭和43年)というのは政治的にも、文化的にも転換点となるような年だったらしい。「日本でも、全共闘運動やベトナム反戦運動などで社会が騒然とするなか、カウンターカルチャーやアングラのような過激でエキセントリックな動向が隆盛を極めました」とのこと。万博の準備期間中でもあり、アンチ万博派がいたりと、いろんな思惑が渦を巻いていたらしい。

ここでは現代美術を中心に「激動の1968年」「1968年の現代美術」「領域を超える芸術」「新世代の台頭」という4部構成で展示してます。「激動の1968年」ではこの時期の事件、学生運動、成田の三里塚闘争の写真作品などによる解説と、それに関わる作品が展示されてます。赤瀬川源平の「櫻画報」の原画とか、木村恒久のフォト・コラージュ、そして橋本治による駒場祭のポスター。「とめてくれるな おっかさん 背中のいちょうが 泣いている 男東大どこへ行く」で有名なヤツです。改めて見ると、パワーのある作品が、ごった煮にされている。まあ、この時期は朝日ジャーナルが元気で、少年マガジンは横尾忠則さんが表紙を担当していたわけで、本当に入り乱れている感じです。

「1968年の現代美術」では赤瀬川源平さんの「千円札裁判」と「万博とアンチ万博」。「領域を超える芸術」では演劇と舞踏、マンガ、イラストレーション。つまり寺山修司と唐十郎の演劇ポスター、土方巽の舞踏を撮影した細江英公の写真。ちなみに唐十郎の状況劇場のポスターは横尾忠則が中心で、寺山修司の天井桟敷のポスターは宇野亜喜良が中心という感じだった。マンガではつげ義春の「ねじ式」が登場。タイガー立石の作品も展示されてます。もう一つ、サイケデリック・ムーブメントもこの時期だそうで、田名網敬一の作品や、その当時のディスコ「MUGEN」での映像投影を再現してます(写真下)。

Ph020

「新世代の台頭」では「もの派」と「プロヴォーグ」。もの派は石、紙、木材、鉄板、ガラス板などの素材をそのまま組み合わせて作品とした一派で、そのきっかけとなったのが1968年に発表された関根伸夫の《位相―大地》という作品。カタログによると「1968年10月~11月に開催された『神戸須磨離宮公園現代彫刻展』で朝日新聞社賞を受賞した、直径2.2m、高さ2.7mの円筒形の土の塊からなる作品である。関根は、展覧会場となった神戸須磨離宮公園の一角に、巨大な穴を掘り、掘った土を積み上げることにより、それを作品として発表した。展覧会終了後に土は穴に埋め戻され、作品は現存していない」とのこと。ここでは、その作成中の映像を流していた。もう一つの「プロヴォーグ」は先鋭的な写真雑誌で評論家の多木浩二と写真家の中平卓馬が発案し、高梨豊や森山大道などの作品を取り上げている。

まあ、なんというかお腹いっぱい、という感じです。一方で、今までバラバラに見てきた、赤瀬川原平作品やタイガー立石、横尾忠則、つげ義春といった方々の作品が1968年という時代でいったんまとめることができる、というのがかなり新鮮でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018.09.23

埼玉県立近代美術館で「阿部展也 ―あくなき越境者」を見る

Ph01

埼玉県立近代美術館で「阿部展也 ―あくなき越境者」(1000円:2018/9/15-11/4)を見た。阿部展也(あべ・のぶや、1913-1971)は画家で写真家。シュルレアリスムに始まり、キュビスムそしてアンフォルメルから幾何学的抽象へと、どんどん作風を変えていった美術家。生まれは新潟県五泉市で、亡くなったのはローマ。戦時中はフィリピンで写真家として従軍していたそうで、現地でフィリピン人と結婚しているものの敗戦を契機に離散しているらしい。

展覧会の構成は年代順で、以下のように5章で編成されている。

第1章 出発―〈妖精の距離〉と前衛写真 1932-1941
第2章 フィリピン従軍と戦後の再出発 1941-1947
第3章 人間像の変容―下落合のアトリエにて 1948-1957
第4章 技法の探求から「かたち」回帰へ―エンコ―スティックを中心に 1957-1967
第5章 未完の「越境」 1968-1971

第1章は瀧口修造との共作「妖精の距離」が面白い。1937年の作品で、瀧口の詩に阿部が絵を提供する詩集です。当時のシュルレアリスムの第一人者とでも呼べそうな瀧口とほぼ無名の阿部の組み合わせ、というのが興味深い(ちなみにカタログには阿倍の絵だけが掲載されていて、瀧口の詩は掲載されていない)。また、この時期は写真にも取り組んでいて、マン・レイ的な作品を手がけている。

2章は日本軍の宣伝班とか報道部としてフィリピンに従軍した時期の作品です。どうやら写真の技術を買われて、従軍したらしい。敗戦後は収容所にいてから、開放された、とのこと。

3章は日本に戻ってからの作品ですが、上の看板にも使われているタイプのユーモラスな人物画を描いている。その一方で、写真家の大辻清司と組んで実験的な写真作品にも取り組んでいる。これらの写真は、大辻清司の作品として展示されることが多いと思う。私も大辻清司作品だと思っていたのですが、「演出」は阿部による。この演出がどこまでを指すのか分からないけど、阿部と大辻の共同作品と言えそうだ。

4章になると作風は大きく変わる。具象から完全な抽象への転身です。「エンコースティック」という手法で描くようになって抽象画の画家になってしまった。ちなみにエンコースティックとは「蜜蝋と油絵具等を調合し、バーナーや金属コテで加熱しながら画面に定着させる技法」とのこと。画材の質感を探求するようなタッチで、立体感があってあまり見たことのない作品に仕上がってます。ただし、この期間の後半になると、円を描くようになり、作風ががらりと変化する。

5章は晩年の作品ですが、より幾何学的な作品を描くようになり、画材もその当時としては新しいアクリル絵具を使い始める。発色のよいアクリル絵具と幾何学的なパターンの組み合わせで、大きく作風が変わっています。

まあ、どんどん作風の変わっていく美術家ですが、3章のころの作品は桂ゆきを思い出させるようなところがあって、4章、5章で抽象化に向かうあたりも、桂ゆきがコルクを使った抽象的な作品に入っていくあたりと似ているなあ、と思いながら見ておりました。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧