カテゴリー「art」の記事

2017.06.11

平塚市美術館で「リアル(写実)のゆくえ-高橋由一、岸田劉生、そして現代につなぐもの」を見る

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平塚市美術館(写真上:高解像度版はこちら)で「リアル(写実)のゆくえ-高橋由一、岸田劉生、そして現代につなぐもの」(2017/4/15-6/11:800円)を見た。5月27日に放送されたテレビ東京の美術番組「美の巨人たち」で、犬塚勉の「梅雨の晴れ間」という作品を紹介していて、その作品が平塚市美術館に展示されている、という。犬塚勉は緻密な風景画を描く画家。雑草が大量に生えている野原とか、その横にある林とかで、草一本一本、葉一枚一枚を描く。ある意味、その風景はありふれたものなのに、草一本一本、葉一枚一枚を描くことで、その絵は唯一無二のモノとなる、といった感じ。1988年に38歳で亡くなっているのがなんとも惜しい作家です。その作品が2点あるというので、平塚まで行ってみました。犬塚勉の作品を知ったのはNHKの日曜美術館で、実物をぜひみたいと思ってましたが、ようやく願いがかないました。

「リアル(写実)のゆくえ」という美術展は、そこそこ壮大な企画で、「鮭」のリアルな絵で知られる髙橋由一から、現代の犬塚 勉や磯江 毅といったところまで、写実表現の150年の歴史を見せてくれる。会場に入ると、まずは髙橋由一の「鮭」と磯江 毅の「鮭 ― 髙橋由一へのオマージュ ―」が並んでいる。ちょうど、図録となる「リアルのゆくえ」(生活の友社刊、3240円)のカバーと同じです。

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髙橋由一、五姓田義松、川村清雄などの明治初期に始まり、明治中期の原田直次郎、渡辺幽谷、中村不折といったあたりに受け継がれ、大正期の岸田劉生にバトンが渡る、といったところか。次の昭和、現代へと続く。意外だったのは、大正期に伊丹万作の作品が展示されていたこと。かの伊丹十三の父親で、映画監督なんですが、人物画が2点、展示されてました。どうやら、岸田劉生に絵の才能を評価されていたらしいが、絵で食べていくことを断念したらしい。

まあ、歴史の経緯としては、髙橋由一に始まった「リアル」の流れは、明治中期に黒田清輝による「外光派」によりせき止められ、主流からは外れてしまうのですが大正期には岸田劉生などに受け継がれ、どちらかというとアンダーグラウンドな形で、現代まで受け継がれている、という感じらしい。

ただし、多少は、意味不明なところはありました。例えば、写実についての定義が、作家によって微妙に違っていて、何をして「リアル」なのかが揺れていました。まあ、それはそれでいいのでしょう。目の前にあるものを精密に描くというリアルだけではないのでしょうが、では、それがどういったリアルなのか、よく分からないままです。この辺は鑑賞した人が考えなければならないところでしょう。

この美術展は平塚市美術館のあと、以下の3館を巡回するとのことです。
6/17-7/30 足利市立美術館
8/8-9/18日 碧南市藤井達吉現代美術館
9/23-11/5 姫路市立美術館


平塚市美術館はJR平塚駅から徒歩で20分程度のところにあります。駅から海に背を向け、ゆるい坂を上り続ける感じです。周りは市役所などがある地域で、いわゆる文教地域という感じ。わりと立体の美術品が屋外、屋内に置かれていて、それをスケッチしている人がそこそこいたのが、珍しかった。下は入口のところにある三沢厚彦のユニコーン。

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建物は入口のあるところと展示スペースのあるところに分かれていて、入口のある建物にはレストランとか小規模のギャラリーがある。展示スペースのある建物は、横に長く、下の写真(高解像度版はこちら)のように吹き抜けになっていて、妙に広い感じがする。実際の展示は2階になる。

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まあ、概ねいいんですが、地方の美術館らしく、ミュージアムショップは狭く、クレジットカードが使えない。カタログ買ったときにレシートください、といったら、レシートはないので手書きの領収書を作ります、といわれたのは驚いた。でも、カタログを購入したときに、消費税は加算されず、3000円で済んだのはお得な感じです。レシートと消費税なしの理由は不明なままです。


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2017.05.29

DIC川村記念美術館で「ヴォルス――路上から宇宙へ」を見る

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DIC川村記念美術館で「ヴォルス――路上から宇宙へ」(2017/4/1-7/2:1300円)を見た。ヴォルスについては何も知らずに、初夏の川村記念でも見に行くか、という感じで行ってきました。解説によると「“WOLS”はペンネームで、本名はアルフレート=オットー=ヴォルフガング・シュルツ Alfred Otto Wolfgang Schulze(1913-51)です。父は著名な法学博士、ベルリンの豊かで教育ある家庭に生まれました。ドレスデンに医師の祖父がいて、姉や弟と幼少期を過ごしています」とのこと。どうやら写真家として名をあげ、その後、版画や絵画も手がけた、美術家らしい。写真は、普通に人物写真もあったけど、映像のなかに形を発見するような、ちょっと変な写真が多かった。

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上は「無題(柄のあるウサギの頭)」というタイトルで、1938-39年の作品。

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こちらはセルフポートレイト。1940-41年の作品。このとき27-28歳。解説によると、第二次世界大戦の始まったところで、フランスにいたドイツ人は収容所にいれられたそうだ。ヴォルスもパリで写真家として活動を始め、そこそこ注目されはじめたところで、収容所に収監された。そこで、絵を描くようになった、とのこと。

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上のパウル・クレー的な色彩の水彩画は、初期の作品で「サーカス・ヴォルグ」という連作のうちの一つ。タイトルは「人物と空想の動物たち」。ふわふわと変なモノ達が浮遊している感じ。制作時期は1936-40年となっている。

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こちらは1949年の作品。タイトルは「抽象」。タイトル通りより抽象化が進んでます。ヴォルスは1949年にはアルコール依存症で入院していて、1951年には亡くなるわけで、精神的にも肉体的にも破綻に向かっているところと思われます。ヴォルスは死後、アンフォルメルの先駆者と呼ばれるようになるのですが、そういった後付けの評判は置いていおいて、このオリジナリティ溢れる作品はなかなか飽きません。つい、見入ってしまいます。

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2017.05.22

KAAT神奈川芸術劇場で「詩情の森 ── 語りかたられる空間」を見る

KAAT神奈川芸術劇場で「詩情の森── 語りかたられる空間」(2017/4/30-5/28:600円)を見た。KAAT神奈川芸術劇場は、美術館ではないけど、金子富之や三瀬夏之介の作品が拝見できる、とのことで、面白そうな予感がしたので、見に行ってみました。

カタログによると「本来美術の展示空間によっておこなわれる作品展示を、敢えて劇場空間に持ち込み、作品世界の広がりを追求する試みです」とのこと。会場は3階にある「中スタジオ」。どうやら、本来は間仕切りを入れることで、中スタジオと小スタジオに分けて使えるらしいが、今回は間仕切りなして、使っていた。Webにある説明では「それぞれ稽古場としての利用ができるほか、中小スタジオ間の可動間仕切りを取り払うことにより、小規模な公演の実施も可能です」としている。広さは401平方メートルで高さは5.3mとそこそこ広い空間です。

ちなみに、写真OKとのことでしたので、撮影しました。最近、撮影OKというのは、こういったインスタレーション的な展示では増えたけど、ここでは動画もOKとのこと。動画はNGなところがほとんどです。珍しいけど、いい傾向だと思います。

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スタジオの扉を開けて入っていくと、まず目に入るのが、三瀬夏之介の巨大な作品「ぼくの神さま」。巨大なカーテンのようにぶら下がってます。

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この裏側にいくと下のような感じ。

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さらに進むと、階段と廊下が見えてきます。

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階段の先に進んで振り返ると、こんな感じ。

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階段に登って見下ろす。目の前にある、ずらりと並んだのが角文平の「空中都市」。

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ちなみに階段を上った廊下の先にあるのが、藤堂の「オペラ座の怪人」という題の本。


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本を階段を降りて、横から見たところ。

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こちらは長沢彬の作品。左から「Mother I」「Mother II」「Mother III」。

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こちらは真ん中の「Mother II」

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階段の上から見た金子富之の「暗罔象神」。「くらみつはのかみ」と読むそうです。作品は横長で、24mmのレンズでは全部は撮影できませんでした、まあ左半分という感じ。本来は闇罔象神と書くらしい。日本書紀とか古事記に登場する神で、水神らしい。というわけで龍神なのかも。

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こちらは田中望の「潮つ路」。その下が中心の部分。

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角文平の「空中都市」をクローズアップしてみました。

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2017.05.14

東京都美術館で「ボイマンス美術館所蔵 ブリューゲル『バベルの塔』展」を見る

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東京都美術館で「ボイマンス美術館所蔵 ブリューゲル『バベルの塔』展 16世紀ネーデルラントの至宝-ボスを超えて-」(2017/4/18-7/2:1600円)を見た。日本にいて、この作品を拝見できるとは思ってもみませんでした。「ブリューゲルのみならず、彼が手本とした先駆者ヒエロニムス・ボスの油彩2点、そして彼らが生きた時代、16世紀ネーデルラントの絵画、版画、彫刻を全体で約90点の出品作でご紹介します」とのこと。

ただし、ボスの油彩2点とブリューゲルの「バベルの塔」以外は、あまりピンとくるものはなく、せいぜいボスとブリューゲルの版画でなんとか会場を成り立たせた、といった感じです。会場は、都美術館なので地下、1階、2階の3フロアで構成。最初に見る地下は16世紀ネーデルランドの宗教系彫刻から始まり、15世紀の宗教画、16世紀の宗教画とそこから徐々に始まる宗教画から逸脱した作品、といった感じで並びます。ここでは、聖母子像の裏面に描かれた、静物画とか、風景が主題となる宗教画とかが興味深い。一つ上がって1階ではボス、そしてその模倣作品、最後にブリューゲルの版画と続き、2階で「バベルの塔」となります。

バベルの塔自体は59.9×74.6cmとあまり大きくない。絵の前に人が並び始めると、かなり見にくい。一方で、細密な描写もこの絵の魅力で、できれば近づけるだけ近づいて見たいところ。まあ、そういうこともあってか、巨大な複製とか、3次元CGによる動画での解説がありました。

ちなみに、このフロアには、そのほぼ1/4の面積を使って特設ショップがありました。ここでは2500円の図録を購入しましたが、クレジットカードは使えませんでした。なんと購入金額が1万円以上じゃないと使えないとのことです。まあ、ひどいものです。ひどいけど、図録には原寸大の「バベルの塔」のポスターが付いてきます。ちょうど、寝室の壁が空いていたので、そこに貼っておきました。ちなみに、左横に貼ってあるのは、ジャコメッティ展のチラシです。

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「バベルの塔」については、美術史家の森洋子さんが芸術新潮の5月号で特集を書いているほか、同じく新潮社のとんぼの本で「ブリューゲルの世界」として、ブリューゲルの作品をすべて解説しております。参考文献としてあげておきましょう。ちなみに、芸術新潮の特集では、大友克洋さんが登場して、本展覧会に合わせて、制作した「INSIDE BABEL」について、掲載してます。「INSIDE BABEL」は塔の内部を描き、それとブリューゲルの塔を組み合わせた作品。都美術館の会場入口のところに何気なく飾ってました。2点あって、大友さんの描線を消したものが「INSIDE BABEL 1」、描線を活かしたものが「INSIDE BABEL 2」です。下の写真は2の方です。

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もう一つ、バベルの塔の立体モデルを作成するプロジェクトもあって、こちらも興味深い。『Study of BABEL』というもので、東京藝術大学・東京藝術大学COI拠点が主催している。場所は芸大の敷地内ですが、黒田清輝記念館と国立こども図書館の間あたりに入口があります。いくと下の写真も立体物が鎮座してます。ほかにも、プロジェクションマッピングしたり、自分の顔の画像を登録して、バベルの塔の内部で働く人たちの顔として表示させるとか、いろいろやってます。まあ、話のタネにはなろうかと思います。

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2017.05.05

初台の東京オペラシティ アートギャラリーで「片山正通的百科全書」を見る

初台の東京オペラシティ アートギャラリーで「片山正通的百科全書 Life is hard... Let's go shopping.」(2017/4/8- 6/25:1200円)を見た。インテリアデザイナーの片山正通氏の膨大なコレクション、現代アートから骨董、植物、動物の剥製、家具などを、いくつかのテーマに分類して見せる展覧会。そういえば、去年は村上隆の膨大な美術コレクションが横浜美術館で展示されたけど(横浜美術館で「村上隆のスーパーフラット・コレクション ―蕭白、魯山人からキーファーまで―」を見るを参照)、あの感覚にそこそこ近い。片山はデザイナーで、村上は美術家だけど、その違いは職業を超えて個人の差が感じられる。でも、個人のコレクションという意味では近いニオイがしている。人を楽しませるだけのコレクションを持つ、というのはそうそうできることではないと、思うわけです。ただし片山コレクションは村上コレクションと比べると、古美術はないし、骨董的なものも少ない。一方で、家具のコレクションは村上コレクションにはなかった。この辺はインテリアデザイナーと美術家の違いなんでしょう。

展示会場は17の「ROOM」に別れ、さらに5つの小さなコーナーが用意されている。最初が片山が経営するWonderwallのオフィスビルのツアー映像。次に出版物、CDのコレクションに続いて、なぜか多肉植物が展示される。ここまでがROOM1-4。

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その後、ROOM5-8が「人と動物」というタイトルで、写真と絵画、主に2次元の現代美術作品が並ぶ。立体としてなぜかマクドナルドのピエロがいたりするが、基本、人と動物。わりとダークな感じの絵が多い。大竹伸朗、榎本耕一あたりが気になります。

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ROOM9は写真。モノクロ写真です。まあ、いろいろありますが、トム・ウエイツのアルバム「Rain Dogs」のジャケット写真に使われたアンデルス・ペーターセンの写真が目を引きました。

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この辺りでは、なぜか剥製も登場する。シロクマとか虎とか。ほかにもアライグマとか狐とか、小さいモノ達もいます。


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ほかにも、いろいろあります。骨董とか家具とか。


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Nerholの写真作品もありました。「3分間にわたって連続撮影した200枚のポートレートを撮影順に積み重ね、カッターで切り取り起伏を付けていく」というもの。


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でも、一番、不可思議というか、印象深かったのが、サカナクションの山口一郎氏のインスタレーション。なんとその内容は他言無用。映像作品であること、一人で見ること、他言無用であることを示した誓約書にサインしてから見ること、ぐらいは書いていいんじゃないでしょうか。

そして最後は、福助人形が、深々とお辞儀をして終了となります。

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2017.04.27

東京藝術大学大学美術館で「雪村 奇想の誕生」を見る

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東京藝術大学大学美術館で「雪村 奇想の誕生」(2017/3/28- 5/21:1600円)を見た。雪村単独の展覧会を見るのは2002年以来です。2002年に見たのは「雪村展 戦国時代のスーパー・エキセントリック」。千葉市美術館で開催された(その後、松濤美術館、山口県立美術館、福島県立美術館へ巡回)。おそらくは、このとき初めて雪村作品をまとめて見たのだけど、そのとき以来、雪村ファンです。

今回の雪村展は、作品の面では、2002年の展示と大きくは変わらない。龍の頭に乗った「呂洞賓図」(大和文華館が所蔵)、鯉のヒゲを手綱のようにつかんで鯉にまたがる「琴高仙人・群仙図」(京都国立博物館が所蔵)、風に吹かれて軽々と浮遊する「列子御風図」(アルカンシエール美術財団が所蔵)といった作品は今回も拝見できる。ただし雪村作品の数という点では、2002年の方が多かった。図録を見る限り、2002年の展示では134点、2017年は94点です。というわけで前回ほどは、雪村の作品点数は多くないです。まあ点数が多ければいい、というわけでもないけど。

今回、2017年の展示の特徴は、雪村の影響を受けた作家の作品を数多く展示している、というところかと思います。特に尾形光琳については、コーナーを作って、光琳の描いた布袋の絵を見せたりしてます。確かに光琳の布袋は、雪村の布袋に似ている。そして、光琳の紅白梅図屏風の元になったのでは?といわれている「欠伸布袋・紅白梅図」(茨城県立博物館が所蔵)も展示されてます。この絵は左右に梅の絵、真ん中にあくびをする布袋という、よく分からない構成ですが、言われてみれば、紅白梅図の発想の元かもしれない。図録によると、欠伸布袋・紅白梅図は光琳が江戸にいたころに、ある大名が所有していて江戸にあったそうで、光琳が見ている可能性は高いらしい。

展示替えがあるので、もう一度、見に行こうかと思います。ちなみに、滋賀県のMIHO MUSEUMに、巡回する(2017/8/1~ 9/3)そうなので、興味のある方はぜひ、というところかと。

ところで、この展示のキャッチというかコピーとなっている「『ゆきむら』ではなく『せっそん』です」はどうなんだろう、という感じ。まあ、そうなんだけど、ほかにないの? というか、いらないなあと思います。それから、ついでに気にいらないのが、ミュージアムショップで、クレジットカードが使えないこと。いい加減にしてほしい。

追記
大きな展示替えが4月25日にあって、そこそこ入れ替わっていたので、再度、見に行きました。各地の美術館や博物館から借りてきているし、会場の広さの面でも、しょうがないのだろうけど、前期に見たら割引にするとか、もう少し考えていただきたい。まあ、それでも大きな鯉にまたがった「琴高仙人・群仙図」とか、根津美術館所蔵の「龍虎図屏風」(5/7まで)が拝見できたので、いいんじゃないでしょうか。


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2017.04.22

上野の森美術館で「VOCA展2017」を見る

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上野の森美術館で「VOCA展2017 現代美術の展望─新しい平面の作家たち」(2017/3/11-3/30:600円)を見た。VOCAはThe Vision of Contemporary Artの略。平面作品(といってある壁面から20cm以内の厚さは許されている)の新人賞なんだけど、「全国の美術館学芸員、ジャーナリスト、研究者などに40才以下の若手作家の推薦を依頼し、その作家が平面作品の新作を出品するという方式により、全国各地から未知の優れた才能を紹介していきます」というユニークな方式の賞です。今年で24年目。第1回(1994年)の受賞者には福田美蘭がいるし、出展した作家には大竹 伸朗、丸山 直文がいたりする。第2回の受賞者には大岩 オスカール幸男がいる。というわけで、今となってはそこそこメジャーな作家が受賞していたり、受賞しないまでも出展していたりするので、このところ、できるだけ見るようにしています。

まあ、受賞した方々の作品や評論はWebにあるので、特に気になった作家をメモっておきます。


抽象画では浅野有紀と国松希根太(http://www.kinetakunimatsu.com/)、村上華子(https://www.hanakomurakami.net/)。

浅野有紀は日本画の手法で抽象表現に取り組んでいる。解説によると、絹に墨と藍で「うつろいゆく光や大気のゆらぎ」を描いている、とのこと。雲なのか霧なのか、不定形なぼやっとしたものが描かれている。作家がリアルに目で見た様子を描いているのだけど、作品を見る側からは、抽象的な表現に思える、というのが面白い。

国松希根太の作品は木の板に描いたもの。板に刻まれた年輪による縞模様から、地平線や水平線などの自然の風景をあぶり出し、描いている。板の地肌から想起できる風景を描いているのだけど、存在しない風景が抽象的な表現に見えてくるのが、面白い。

村上華子の作品を見たとき、何なのか理解できなかった。「オートクローム」という20世紀の初頭に流行した写真の方式に使う感光板を使った作品とのことだ。1920年に製造された感光板を入手して、撮影せずに現像したもの。この現像結果が感光板の状態で大きく違っているらしい。そこに100年近い時間の重みがあって、何かが写っている、というのがなんとも不思議。

鈴木基真は彫刻家だそうだが、今回の作品は写真。制作した立体作品を撮影したもの。撮影した画像を巨大なスライドにして、ライトボックスのうえに置いている。立体作品は、アメリカの郊外にある一軒家の入口。おそらくは木造で、階段があり、ポーチがあって、ガラスがはめ込まれた扉がある。そして夜景で、入口の扉に灯りがともっている。解説によると、粘土で制作したものらしい。手の跡が、かなり効果的でいい味を出している。

田島大介の作品は、ケント紙にマンガに使われる証券用インクを用いて丸ペンで描かれている。だから素材はマンガと同じ。ただしサイズは縦112.2×横194.1cmと大きい。そこに高層ビルと看板と屋根と足場とクレーンが入り乱れている状態をペンで描いている。大友克洋的に緻密な、目をそらすことができなくなりそうな作品です。

照沼敦朗(http://www.terunuma-atsuro.com/terunuma_atsuro-Official_HP/top.html)の作品は絵の中にディスプレイを埋め入れて、映像を流している。かなり異様な作品。作者は生まれつき視力が低いそうだ。その作者の分身キャラクター「ミエテルノゾム」が見える/見えないをテーマに作品の中でさまざまなかたちで登場している。タイトルは「ミエテルノゾムの夢製造伝奇」。

Nerholは「グラフィックデザイナーの田中義久と、彫刻家の飯田竜太によるアーティスト・デュオ」とのこと。作品は写真と彫刻を合体させたようなもので、写真でも彫刻でもない。まあ立体作品ではある。「3分間にわたって連続撮影した200枚のポートレートを撮影順に積み重ね、カッターで切り取り起伏を付けていく」というもの。下の写真は初台のオペラシティアートギャラリーで先日拝見した「片山正通的百科全書」(2017/4/8-6/25)で撮影したNerholの作品(この展示では撮影は一部を除いて許可されていた)。VOCAには一人の男性の写真を使った作品が6点並んでいて、おそらくは元となる写真のかたまりは、同じだが、カットの仕方が違っているように見える。カットの違いで表情が違うのが面白い。

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矢野祐貴の作品「かみくり」は日本列島における天地創造となる、イザナギの尊とイザナミの尊が杖で撹拌しているところを描いているらしい。中央にイザナギの尊とイザナミの尊を配置し、その周りは、ミケランジェロによるシスティナ礼拝堂の天井にあがかれた「最後の審判」が雲となって描かれている。この雲が妙にもこもこしていて、立体的で面白い。どうやらウレタン樹脂を使っている模様。


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2017.04.09

三菱一号館美術館で「オルセーのナビ派展:美の預言者たち ―ささやきとざわめき」を見る

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三菱一号館美術館で「オルセーのナビ派展:美の預言者たち ―ささやきとざわめき」(2017/2/4-5/21:1700円)を見た。ナビ派とは「19世紀末パリ、ゴーガンの美学から影響を受け、自らを新たな美の「ナビ(ヘブライ語で"預言者"の意味)」と称した前衛的な若き芸術家グループ。平面性・装飾性を重視した画面構成により、20世紀美術を予兆する革新的な芸術活動を行った」とのこと。ポスト印象派として次の美術表現を模索したグループということらしい。

ナビ派のモーリス・ドニ、ピエール・ボナール、フェリックス・ヴァンロットンあたりは作品を見たことがあるのだけど、共通点が分からなかった。つまりこの展覧会を見るまでは、ナビ派の意味を理解してなかったのですが、ようやく全体像が見えてきました。というわけで、ナビ派というものを理解してみたいなら、一見の価値はあると思われます。

規模は「オルセー美術館が誇るナビ派のコレクションから、油彩約70点、素描約10点など合わせておよそ80点が一堂に会します」とのこと。会期中に展示替えもないのもありがたいです。

この展覧会でナビ派について、わかったことは
・ゴーガン(ゴーギャンとは発音しないらしい)の影響が大きい
・そのためか象徴主義の傾向が強い。
・日常を描くにも、映画的なというか、演劇的な画面構成を目指す
・流行に敏感。だからジャポニズムは取り入れている
といったところか。まあ、そこそこ適当です。

カタログは珍しく電子版もある。電子版は2200円です。例えばKindle版はこちら。iTunes、honto、koboで販売中。紙の方は2400円。

そのほか、オリジナルグッズも揃ってます。なかでもiPhone用のカバーが面白かった。下の写真のように、裏に貼るクッションタイプのもの。発色はなかなかいい。ちなみにヴァロットンの「ボール」という作品の部分です。

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2017.04.02

東京ステーションギャラリーで「パロディ、二重の声 ――日本の一九七〇年代前後左右」を見る

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東京ステーションギャラリーで「パロディ、二重の声 ――日本の一九七〇年代前後左右」(2017/2/18-4/16:900円)を見た。「1960年代中頃から日本のアーティストが頻繁に実践し、70年代に入るとテレビや雑誌などを通じて社会的に流行した「パロディ」。ありとあらゆる文化がパロディに染まったこの現象は、モダンとポストモダンの隙間に開花した徒花(あだばな)であったのか? 日本語として定着し、それでいてなお不明瞭なこのパロディという技術または形式を、当時の視覚文化を通じて振り返ります」という趣旨の展覧会。上の巨大なポスターはギャラリーの入口にある、まあ、象徴的な作品と言うことでしょう。横尾忠則の「POPでTOPを!」。亀倉雄策による東京オリンピックのポスターをパロディしたもの。

まあ、改めて1970年代はパロディの時代だったのだな、と思い出させる展示でした。

でも、展示スペースに入ると、まず目に入るのはレオ・ヤマガタ(山縣旭)による大量にある「モナ・リザ」的な作品。「歴史上100人の巨匠が描くモナ・リザ」というシリーズ。こういう作品があるを初めて知ったのだけど、ほとんどが2016年の作品で、どうして1970年代と関係あるのか不明でしたが、作品は面白い。

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図録によると、作者のレオ・ヤマガタは1978年にPARCOとビックリハウスが主催した第2回JPC展(日本パロディ展)でパルコ賞を受賞した、ということで、特別出展した、としている。一応、1970年代に作家活動していたから、ということらしい。

東京ステーションギャラリーは3階と2階に展示スペースがあり、順路は3階までエレベーターで上がって、2階に階段でおりるようになっている。今回の展示では、ざっくりと3階が1960年代の現代美術系で、2階が1070年代の漫画や雑誌といった構成になっていた。1960年代に美術系のマイナーかつ過激なところから始まった“パロディ”作品が、1970年代には、大衆化が進み「ビックリハウス」などの雑誌が登場するにまでなった、といった感じ。

というわけで3階には赤瀬川源平、篠原有司男、吉村益信、横尾忠則などの作品が並んでいる。横尾忠則作品は撮影不可でしたが、ほかは撮影可でした。下の写真は陶芸家の八木一夫の作品「ニュートンの耳」と、後ろにあるのが鈴木慶則の「非在のタブロー 梱包されたオダリスク」。

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こちらは吉村益信の「豚:PigLib」。よくわかりませんが、1994年の作品。図録の解説によると「フランスのグラフィックデザイナー、レイモン・サヴィニャックによるハム缶詰ポスター(1930)のパロディ」らしい。作品タイトルはウーマン・リブのもじりらしい。

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ちなみにレイモン・サヴィニャックによるハム缶詰ポスターは下の作品。

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一方、2階ではビックリハウスの表紙が並んでいたり、河北秀也による営団地下鉄のマナーポスターなどが並んでいました。


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展示の最後では、伊丹十三が制作したテレビ番組「伊丹十三のアートレポート」から「質屋にて」を上映してました。これは初めてみましたが、1976年の作品ということで、伊丹十三43才の作品。薄く色のついたサングラスをかけた伊丹十三さんはかなり胡散臭い感じです。中身は、質屋にアンディ・ウォーホルの「マリリン・モンロー」をもっていって30万円借りたいと交渉する、というもの。質屋の爺さんとのやり取りがなかなかで、複製と芸術という現代美術における大きなテーマを扱っている。ちゃんと落ちもあるので、楽しめます。

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図録は購入しました。2000円です。『ビックリハウス』初代編集長・萩原朔美インタビューとか「パロディ裁判」判例集とかが掲載されていて、充実してます。

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2017.03.05

東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館で「FACE展 2017」を見る

西新宿の東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館で「FACE展 2017」(2017/2/25-3/30:600円)を見た。FACEは平面作品を扱った公募展。第5回となる。「年齢・所属を問わず」というのが方針で「『将来国際的にも通用する可能性を秘めた』品約70点を入選作品とし、その中から合議制でグランプリ、優秀賞、読売新聞社賞を選出し、各審査員が審査員特別賞を決定いたします」とのこと。そのためか、割と年齢がばらけていて、1940年生まれの方もいた。まあ、カタログにある審査経過を概説した資料によると入選者71名の平均年齢は38.8才とのこと。30代が最も多く30人、次が20代の19人となる。つまり基本、若手の作品で、見たことのない作家の作品を拝見できる。昨年も拝見しましたが、そこそこ楽しめました。写真撮影が許可されていたので、印象的な作品を以下に紹介しておきます。

まずグランプリ作品。青木恵美子の「INFINITY Red」。平面だけどかなり絵具が盛られていた作品。配色の妙、とでも言うのだろうか。赤とかオレンジの花が画面いっぱいに並んで、むせるような迫力がある。

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次が優秀賞をとった石橋暢之の「ジオラマの様な風景」。おそらくはお茶の水駅のあたりの風景なんでしょう。緻密なモノトーンなので、鉛筆で書いたかと思ったら、違ってました。ボールペンで書いたそうです。サイズは128×160cmと大きいです。カタログによると作者は1944年生まれで、2012年から個展をひらいている。おそらくは何かの仕事を引退してから、画業に打ち込んでいる方のようだ。


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こちらは版画。チョン・ダウンの「the burning house」。作品の中に3枚の絵が描かれているが、作品のタイトルは真ん中の作品を指しているように思える。この作家の作品は昨年の終わりに見た「シェル美術賞展2016」に入選していて、かなり気になった。続きが見たいところです。

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こちらは日本画とのこと。加納冬樹の「街の河」。この方は1951年生まれとのこと。川面のゆれる感じが見事に表現されている。

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こちらはアクリル、水彩でキャンバスに描いた作品。馬場俊光の「緑の風景-22」。緑色の濃淡だけで描いた作品が面白い。

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こちらは墨と胡粉で和紙に描いた作品。千冬の「MUBE II」。1956年生まれとのこと。藤棚が緻密に描かれているが、現実の風景ではないような気がする。その辺りが面白い。

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最後が焼絵。井伊智美の「残心」。焼絵とは「木材などの表面に熱した鏝などの道具で焼き跡をつけ、それによって絵や文様を描く技法」らしい。現代作家の作品では初めて見ました。かなり細かな描写ができていて、焼絵、恐るべしという感じ。

Ph07

なぜかモノトーンの作品に惹かれてしまった。あと、美大出身ではなく、本業を引退して、あるいは本業もやりながら、美術の教育を受けて作品を制作している方々が多くいるのは興味深かった。私も、引退したら絵に取り組んでみたいと思う、今日この頃です。

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