カテゴリー「art」の記事

2018.06.11

府中市美術館で「長谷川利行展 七色の東京」を見る

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府中市美術館で「長谷川利行展 七色の東京」(900円:2018/5/19-7/8)を見た。長谷川利行は1891年に京都に生まれて、1940年に東京で死んだ画家。個人的には、上野の不忍池弁天島に「利行碑」があって気になってました。あと竹橋の近代美術館の常設で、利行の《カフェ・パウリスタ》とか《岸田国士像》とかを何度か見たことがあって、それらの作品を見る限り、かなり個性的なタッチで、ほぼ突然現れた画家というイメージです。利行が誰かをフォローしたわけでもなく、さらにフォロワーも登場しなかった。まあ、日本のゴッホ的な言い方もあるようですが、あんまりピンときません。あえて言うとフォービズムで、作風からするとマティスの方が近い気がします。生き方とかはゴッホの悲劇的な部分は似通っているかもしれませんがね。

利行は20代は短歌を詠んで歌集も出版したが、30代からは東京に出てきて、絵を描き始めたらしい。利行はともかく型破りな画家で、独学でありながら、35歳で二科会に初入選するなどして、世に知られるようになるが、アトリエをかまえて絵に専念するわけでもなく、山谷の木賃宿に泊まりながら、街中で絵を描いていたらしい。それこそ、絵を描いて、売って、木賃宿に止まって、を繰り返すような画業だったらしい。売れないときは、絵描き仲間のアトリエに転がり込んで、絵を描くということで、定住しない画家だったらしい。

今回の回顧展では、デビューから死の前年まで、描いた作品が、ほぼ年代順に展示されている。多少の違いはあるけど、なんとなく、そのタッチは変わらないし、色彩の鮮やかさも変わらない。晩年に向かうほど、白っぽくなっているように思えるけど、大きな違いではない。利行の作品は、いつでも利行の作品という感じだ。


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2018.06.03

太田市美術館・図書館で開館1周年記念 佐久市立近代美術館コレクション+「現代日本画へようこそ」を見る

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太田市美術館・図書館で、開館1周年記念 佐久市立近代美術館コレクション+「現代日本画へようこそ」(300円:2018/5/3-6/10)を見た。太田市美術館・図書館については、どちらかというと、建物に興味があったのですが(写真上:高解像度版はこちら)、現代日本画というキーワードが気になって、群馬県太田市まで行ってみました。まあ、あと栃木県足利市の足利市立美術館で真島直子の「地ごく楽」が名古屋市立から巡回してきているというので、東武伊勢崎線に乗って、足利市&太田市行きの小旅行をしてみました。太田市は北千住から東武線の特急りょうもうに乗って、1時間程度で着きます。

太田市というと駅前にスバルの工場がある、というイメージしか無かったのですが、駅前には鎌倉幕府を倒した新田義貞のブロンズ像かなにかが立っておりました。

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その左手に太田市美術館・図書館がありました。まずは建物から。設計は平田晃久。開館は2017年。太田市立の図書館兼美術館。1階にはカフェがある。外観というか、建物のなかに入って思うのは、巻き貝のような建物だな、ということ。3階建てですが、屋内には階段らしいものが少なく、各階は緩いスロープでつながっている(写真下:高解像度版はこちら)。

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「5 個の鉄筋コンクリート構造の箱と、その周りをぐるぐる回る鉄骨構造のスロープによってできています」とのこと。屋上やテラスには土が盛られ、芝生があり、植物が植えられている。「人工と自然が混ざり合う丘のような風景」と表現してます。確かにできたての古墳のよううな感じもある。屋上から駅の方を見下ろすと下の写真のようになる。

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この建物のユニークな点は、サインも独自なところ。建物内の案内などに使っているフォントが面白かったので、調べてみたらオリジナルのフォントでした。グラフィックデザイナーの平野 篤史によるもので、見やすく、印象に残るデザインです。最初、建物の名称を示す下の看板的なものを見たときは、単純にシンプルでいいなあ、という印象でした(写真下:高解像度版はこちら

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建物のなかに入ると、諸々のサインが、このフォントで作成されていて、少々驚きました。下地が白のところに、このフォントがあると妙に目に飛び込んでくる(写真下:高解像度版はこちら)。

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さて、美術展の「現代日本画へようこそ」ですが、日本画とは何か、というなかなか奥の深い問いを発し、その答えを展示のなかから探し出せるようにしている、とまあ思いました。この美術館の展示スペースは3階建ての建物の各階にあって、1階のスペースがそこそこ広く、2階、3階と小さくなって行く感じです。1階から2階へと上がっていくスロープも展示場所になっているのがユニークなところです。

「現代日本画へようこそ」では1階の展示スペースに「現代日本画の冒険者たち」として現代の日本画、2階に「現代日本画の先駆者たち」として、1950年代後半から1970年代までの作品を展示してます。「冒険者」で出展している作家は市川裕司(1979)、内田あぐり(1949)、岡村桂三郎(1958)、谷保玲奈(1986)、山本直彰(1950)の5人です。名前のあとのカッコ内は生年です。一方の「先駆者」では一番若いのが平山郁夫(1930)で、そのほかに東山魁夷(1908)、片岡珠子(1905)といったところ。平山郁夫以外は明治・大正生まれの方々だ。

先駆者にしても冒険者にしても、おそらく共通するのが、日本画の画材を使用していることだと思うのですが、どうなんだろう。今となっては日本画の定義は日本画の画材を使っていること、となるのかもしれない、でも画材は同じでも、テーマはまったく違うかというと、そうでもない。風景や自然、宗教的なもの、人物など、テーマにも大きな違いはないが、作品から受ける印象はかなり違っている。より抽象化が進んでいるといえば、そうだし、表現手法を開拓している、といえばそうかもしれない。むしろ、気にするべきは先駆者の作品と、先駆者の前の世代の違いだろうか、と思えた。結局、過去の作品と同じモノは作れない美術家の方々のサガを感じてしまうのでした。まあ、だから面白いのですが…。

展示作品は佐久市立近代美術館のコレクションで構成されているのですが、現代の日本画家のうち、市川裕司と内田あぐりについては新作を展示している。市川裕司の新作は1階と2階の間のスロープに、内田あぐりの新作は3階の展示室に、それぞれ展示されている。市川裕司の作品は白い壁にリンゴが埋まっている《rooms》という作品(高解像度版はこちら)。

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ちょっとクローズアップすると下のように見える(高解像度版はこちら)。
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それから《世界樹IV》(写真下:高解像度版はこちら

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展示スペースは広くないけど、新作を展示したり、現代の作家については、インタビューして、そのビデオを流したりして、なかなか工夫されてます。

ちなみに佐久市立近代美術館というところも、知りませんでしたが、なかなかのコレクションです。佐久市出身の画商、由井一二の蒐集したもの、とのこと。


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2018.05.21

横須賀美術館で「集え!英雄豪傑たち 浮世絵、近代日本画にみるヒーローたち」を見る

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横須賀美術館で「集え!英雄豪傑たち 浮世絵、近代日本画にみるヒーローたち」(900円:2018/4/28-6/17)を見た。タイトルの通り、武者絵をテーマにしてます。Webでは「江戸後期には、浮世絵の「武者絵」が爆発的な人気を呼び、多くの作品が生まれました。明治に入ると彼らの勇姿は、民族的な意識を高めるため「歴史画」という新たな絵画ジャンルへと組み込まれていきます。その後歴史画は、戦争の気配が強まるなかでその意義や性格を変えていきます」とのこと。時代を追って、その変遷を見てみようという趣旨らしい。美術家の野口哲哉さんが、解説のイラストを担当していて、これが妙にはまっており、なかなかな感じ。撮影用の絵も飾ってありました(写真上:高解像度版はこちら)。

江戸期の浮世絵というか武者絵、合戦を描いた大判の浮世絵に始まり、明治初期の古事記や日本書紀に題材をとった日本画や洋画、明治後半の歴史画と大正期から戦時下かけての歴史画の変遷を時代背景を追いながら、展示されていました。メインとなる絵の展示の後は、子供用の双六などに描かれた英雄豪傑達や戦前の教科書を取り上げ、甲冑や変り兜ときて、最後に野口哲哉さんの作品が並んでました。

英雄豪傑たちの絵画が、江戸時代は庶民の娯楽、明治は天皇制の浸透のため神話の絵画化、さらに明治政府が体制を整える過程で「歴史画」というジャンルができあがってきた、ということらしい。カタログの解説「『歴史画』の誕生 ―歴史教育のための一高絵画―」によると、明治22年に開校した東京美術学校(現在の東京藝術大学教)の授陣や当時の学生が「歴史画」を明治23~26年に描いていて、その作品が第一高等学校の納品されていたらしい。解説のタイトルにある「一高絵画」とは旧制高等学校の第一高等学校のことで、東京大学の教養学部の前身となる学校です。どうやら一高での歴史教育や倫理教育の一環として制作されたらしい。ここで言及している歴史画は、それこそ学校とか役所とか公共生の高い場所に掲げて、大勢で鑑賞できる絵画という意味になる。いわゆる巻物ではない。そういう意味での歴史画は明治20年代までは存在しなかった、という事実が興味深い。

このほかに、この展示会では、いくつか知らなかったことを教えてくれました。、印象に残ったのは、以下の2点です。まず、ヤマトタケルの妃、オトタチバナヒメのこと。古事記ではヤマトタケルの東征の途中に、オトタチバナヒメが荒海に身を投じて、海を静めるのですが、それが横須賀だったのね。そういうこともあって、オトタチバナヒメの投身する絵が展示されてました。もう一つは三浦義明という武将についてです。まったく知りませんでしたが、源平合戦で源氏に味方した三浦一族の長とのこと。89歳の長寿で、最後は平家方と戦って戦死するという、豪胆な武将です。そして、江戸中期には忠義の士というよりは、長寿のシンボルとして扱われるようになり、鶴とか亀と一緒に描かれるようになる、というのが面白いところです。

あと、今回の出品作品で気になったのが、その作品の提供元です。わりと見たことない作品が多かったのですが、当然、提供元もあまり知らないところです。「中右瑛」と「額縁のタカハシ」がわりと目立ってました。「中右瑛」さんは個人名でした。美術家で「なかうえい」と読むそうです。浮世絵の収集家としても高名な方です。「額縁のタカハシ」さんは名前の通り、額縁制作の企業です。歌川国芳などが描いた川中島の合戦図をかなりの数、出展しておりました。なんと、本店が長野市川中島町にある企業でした。


ところで、横須賀美術館には、初めて行ったのですが、美術館の建物は機能的で美しく、思っていたよりアクセスがよく、かなり満足度が高いです。特にアクセスについては、バスを使うので時間がかかったり、本数が少ないのではと心配しましたが、本数も多く、そんなに時間もかからず、料金も比較的安く済みました。今回は品川から京急で馬堀海岸駅まで行って、駅前の「馬堀海岸」というバス停から「観音崎行」のバスに乗って10分程度で「観音崎京急ホテル・横須賀美術館」に着きます。そこから徒歩2分程度で美術館入り口に到着。バス停のあたりから見ると下の写真のような感じです(高解像度版はこちら)。

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ちなみに、美術館の屋上に上がると、眺めがよく、目の前に浦賀水道が見えます(写真下:高解像度版はこちら)。

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5月25日から展示替えがあるので、天気がよければ、再訪したいです。

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2018.05.09

平塚市美術館で「岡村桂三郎展-異境へ」と「21世紀の美術 タグチ・アートコレクション展」を見る

平塚市美術館で「岡村桂三郎展-異境へ」(400円:2018/4/21-6/24)と「21世紀の美術 タグチ・アートコレクション展」(800円:2018/4/21-6/17)を見た。岡村桂三郎展は岡村の作成してきた巨大な作品が迷路のようにならぶ、ある意味、色彩的にはほぼ均一な世界。一方のタグチ・アートコレクション展はミスミという東証一部上場の商社を一代で築いた実業家である田口 弘氏の美術コレクションから、21世紀に制作された作品をメインに構成した展示です。平面から立体、インスタレーション的な作品やビデオまで、かなりバラエティに富んでいる。

岡村作品もほとんどが21世紀の作品なので、「21世紀の作品」という意味では同じなんですが、目に入ってくる印象はまったく違っていて、面白かった。まあ、今回は順序的にはタグチ・アートコレクションの後に岡村桂三郎展を見たのですが、21世紀芸術の幅の広さを堪能した、という感じかな。あるいは、明るい商店街を抜けた後に暗い洞窟に入ってしまって、ちょっと戸惑ったけど、目が慣れてくると洞窟もなかなか楽しい、といったところか。

タグチ・アートコレクションでは、21世紀美術のテーマとして「美術とは何か」という答えとして「私の考える美術」を表現するタイプと「私はなぜ私であるのか」というジェンダーやら民族的なモノを追求したタイプを見せている、とのこと。例えば、「私の考える美術」で分かりやすいのは青山悟の《About Painting 2014-2015》とかかな(写真下:高解像度版はこちら)。

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なんというか、割とストレートに20世紀の絵画をコメント付きで分類して見せているわけですが、その代表的な絵の模写らしきものの様子が変で、改めてよく見ると刺繍だったりする(写真下:高解像度版はこちら)。

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ちなみに「私はなぜ私であるのか」の代表は、加藤泉の立体作品《無題》のように思える(写真下:高解像度版はこちら)。

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岡村桂三郎展はタイトル通り「異境」へ来た、という感じがする。岡村の作品は巨大です。高さ1.3~3.5mの板を何枚かつなげて、大きいモノなら幅12mに達する。カタログの解説によると、杉の板をバーナーで焼いて黒くし、そこに膠とか方解末(方解石を粉末にしたものらしい)で下地を作り、そこに黄土を塗る、とのこと。ここまできて、ようやく油絵の場合のキャンバスができあがった段階となる。できあがった杉の板に木炭で下書きして、スクレーパーという鑿のような道具で線刻していくそうだ。

そこに刻まれるのは、龍だったり象だったり、巨大な魚だったりする。そして、あちらこちらに目が刻まれている。その巨大な作品が27点、床に直置きされて並んでいる。ほぼ壁のようになって、迷路のようになった会場を歩き回って鑑賞することになる(写真下:高解像度版はこちら)。

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ちなみに下の写真は龍(高解像度版はこちら)。タイトルは《龍-出現17-1》。サイズは235×660×8.3cm。2017年の作品。
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こちらは魚(写真下:高解像度版はこちら)。タイトルは《北冥の魚12-1》。北冥の魚の名前は鯤(コン)。荘子のテキストから取ったモノです。北冥は北の海で、鯤はそこにいる巨大な魚です。サイズは235×600×8.5cm。2012年の作品。

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こちらは夜叉(写真下:高解像度版はこちら)。タイトルは《夜叉13-1》。サイズは260(230)×540×8.2cm。2013年の作品。

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2018.05.06

埼玉近代美術館で「モダンアート再訪」を見る

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埼玉近代美術館で「モダンアート再訪 ダリ、ウォーホルから草間彌生まで 福岡市美術館コレクション展」(1000円:2018/4/7- 5/20)を見た。福岡市美術館が2019年3月までリニューアルのために休館しているので、その間にコレクションを日本各地で紹介しようというのが目的だそうだ。福岡には行ったことがないけど、今回の展示カタログによると福岡市立美術館は「1979年に開館し、古美術と近現代美術を二つの柱として1万6000点を超える作品を所蔵する九州屈指の大美術館」とのこと。そのコレクションのモダンアート的な67作品を、「身体」と「イメージ」をキーワードとする6つのセクションに分けて展示している。

「1931年に制作されたレオナール・フジタ(藤田嗣治)の《仰臥裸婦》から、2003年、ジグマール・ポルケの《Nessi Has Company II 》まで、およそ70年にわたる作品によって展示は構成されている」(カタログに掲載された解説「モダンアート再訪」から)とのこと。でもモダンアートはある一定期間に描かれた一連の作品かと言うと、そうでもない。具象から抽象なで、いろんな考えやら企みが渾然一体となって、モダーンの流れを作っていたわけで、それはおそらく、今までになかった表現を模索していく流れだと思える。というわけでこの展覧会から得られるのはより複雑なモノだ。曰く「私たちの再訪の目的はモダンアートを矛盾なき体系として理解することでない。むしろそこに認められる対立や綻びを通して、モダンアートの可能性と限界を検証するためである」(カタログからの引用)とのこと。

まあ、企画側の思惑は尊重するとして、個人的に面白かったのは「九州派」です。福岡を中心に活動したアンチモダンアート的な抽象画で、エネルギッシュで、絵具以外の素材を使っていたりする。こういう流れがあることを知りませんでした。同じ時期に阪神で活動した「具体美術協会」と並び称されているのが、気になります。どちらもアンチ東京です。

いずれにしてもモダンアートは終焉していて、そのため「再訪」となる。終わっているのだけど、次への道を幾筋も作ったのがモダンアート=近代美術ということらしい。

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2018.04.24

東京オペラシティ アートギャラリーで「五木田智央 PEEKABOO」を見る

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初台の東京オペラシティ アートギャラリーで「五木田智央 PEEKABOO」(1200円:2018/4/14- 6/24)を見た。「PEEKABOO」は「いないいないばあ」みたいな意味らしい。五木田智央はモノクロで人物画を描く画家。プロフィールによるとアクリルガッシュという絵具でキャンパスに描く、とのこと。その絵は、美しいといよりは、グロテスクで、でもモノクロなのであまり毒々しくはなく、どこか対象から一歩ひいた感じがする絵です。そして登場する人物は男も女もアメリカのプロレスラーというか、のっぺりと大きな方々で、顔にも、何か塗られていたり、ピントが合わずにぼけていて、その表情も判然としない。

解説によると「60~70年代のアメリカのサブカルチャーやアンダーグラウンドの雑誌や写真にインスピレーションを得た作品を発表してきました」とのことで、何か元になる写真をベースにイメージを広げているのだろう。わりと捉えどころが無い、何が魅力なのか分からないけど、なんとなく見入ってしまう作品です。ちなみに撮影可でしたので、気になった作品は撮影しました。

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上の写真は展示スペースに入って最初に見る作品《Come Play with Me》。肉感的なんだけど、エロスは感じないように思える。かなり不気味に思えて、エロスはどこかにいってしまった、という感じ。不気味なのは顔というか目がポイントなんだろう。見開いているけど、どこを見ているのか分からない。まあ、こういったタイプの絵が並ぶ。


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ほぼ、こんな感じの絵が続くのですが、最後の方は、小さなドローイングを額に入れたものを大量に組み合わせた作品《Untitled》が割と圧巻で、ちょっと見入ってしまいました。

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部分を拡大すると下のようになります。

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そして、終わったかなと思って、通路に出ると、壁に大量のLPレコードジャケットが並んでいました。それぞれ、プロレスラーの名前とその似顔絵、おそらくは楽曲のタイトルが組になって描かれている。《Gokita Records》という作品。ジャケットは225点ある。なかなかいい味です。

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2018.04.08

上野の森美術館で「VOCA展2018 現代美術の展望─新しい平面の作家たち」を見る

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上野の森美術館で「VOCA展2018 現代美術の展望─新しい平面の作家たち」(600円:2018/3/15-3/30)を見た。VOCAはVision Of Contemporary Artの略で、1994年に始まった新人画家の展覧会。平面作品を扱うが、厚さは20cm以内であればOKなので、彫刻っぽい作品もあるし、液晶ディスプレイをはめ込んで映像を使ったインスタレーション的な作品も登場する。

「全国の美術館学芸員、ジャーナリスト、研究者などに40才以下の若手作家の推薦を依頼し、その作家が平面作品の新作を出品するという方式により、全国各地から未知の優れた才能を紹介していきます」という方式で、出展者を選んでいる。推薦者は多少変わるようだが、所属先というか、たいがいはどこかの美術館の学芸員か大学の美術系学部教授といった感じ。たまに独立系のキュレーターの方もいる。ちなみに審査員もそこそこ変わる。VOCAは今年で25年目、つまり25回目だそうだけど、図録によると20年目までは固定で、その後、徐々に変わって、25回目の今年で完全に入れ替わったそうだ。そして4回審査委員を務めたら、原則交代ということにした、とのこと。審査員も美術館に所属する学芸員がメインで、おそらくは公正をきすため

ちなみに、第一生命保険がスポンサーになっていて、「毎回VOCA賞、VOCA奨励賞受賞作品を所蔵し、本社1階にあるロビーでの展示、第一生命ギャラリー(東京都・有楽町)での定期的公開」している。

受賞者などの情報はWebにあるので、とりあえず、気になった作品だけ、メモしておく。

まず、碓井ゆいの《our crazy red dots》。今年のVOCA賞です。日本の国旗、日の丸弁当、赤のドット、草間彌生などのイメージを刺繍とか布を縫い込んで表現した素材をコラージュ的に縫い合わせて、1枚にまとめた作品。クレージーキルトという技法だそうです。作品の左下のあたりに若い頃の草間彌生がいたりするのがよろしい。

次は髙田 安規子・政子の《ジグソーパズル》。髙田 安規子・政子は一卵性双生児のユニット。一見どこにでもあるはずなのに、よく見るとここにしかない作品、インスタレーションを作成する。記憶に残っている作品で、好きなモノというと、苔を加工して迷路にしたモノを俯瞰で撮影した作品《庭園迷路》とか(意味分からないね)。今回、出展したのは切手付きのエアメールの封筒。小さいから、よく見ないと、何がジグソーパズルなのか分からない作品です。

野村康生の《Dimensionism ―両界―》は数学的です。「野村康生は、現代数学や物理学の重要課題である「高次元」の可視化に取り組む作家である」とのこと。両界というと両界曼荼羅が頭に浮かぶ。確かにそのようにも見える。高次元の可視化とは、1つデータが例えば4つの項目で構成されていた場合、2次元や3次元では視覚化できないので、違いが分かるように2次元や3次元で表現する手法のことのようです。まあ、フラクタルでフィボナッチな絵です。

林葵衣の《声の遠近法》は不思議な作品です。高さ15cmで4mの長さの白いもので、巻物のようなんだけど、そこに描かれているのは赤い何かで、よく見ると唇のように思える。実際、「声を発しながらカンバスに口紅の痕跡をとどめる」というものらしい。

森本愛子の《唐草文様》は比較的分かりやすい。主題は唐草文様。絵の中では、どこかの庭で2人の和服を着た女性と植物が描かれていて、和服の文様と植物が連続して、どこから植物でどこから和服の文様なのか、混然としているというものです。

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2018.03.22

名古屋市美術館で「真島直子 地ごく楽」を見る

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名古屋市美術館で「真島直子 地ごく楽」(2018/3/3-4/15:1200円)を見た。真島直子は1944年生まれの美術家。名古屋生まれとのこと。それで、名古屋市立美術館で個展を開くことになったようだ。

「「地ごく楽」は、「地獄」と「極楽」を一語にした作家の造語」とのこと。「じごくらく」と読むんでしょう。ともかく、細かく描かれているのだけど、サイズは大きい。そして鉛筆で描かれた作品はどこかで見たことがあったのだけど、これだけバリエーションがあるとは、思わなかった。カラーの油彩もあれば、立体的なオブジェもある。敢えて言うなら、草間彌生的なエネルギーを感じます。

カタログには真島直子のここまでの履歴について、インタビューを含めた記事で、その人間関係を詳しく描いている。ともかく壮絶な人生を生きてきた人であることが分かる。真島直子は眞嶋建三という名古屋で活躍した画家の娘。眞嶋建三の作品は名古屋市立美術館に収蔵されているらしい。眞嶋建三という美術家は、何よりも作品を制作することを優先する人だったそうだ。その妻は当然、生活維持が大変で、美術で生計をたてることに疑問を持っている。そんな母と美術家を目指す娘の関係はなかなか大変なものだったらしい。東京藝大に入学しても生活費は自分で稼がなければならなくて、ヌードモデルもやっていた、とのこと。卒業後は結婚したけど、結婚したことで、家事よりも制作を優先したい自分に気がつき、早々に別居して、10年後に離婚。このほか、友人が焼身自殺をしていたり、美術家の工藤哲巳の最後を看取ったり、と猛烈なスピードで疾走している感じ。

作品は、どれも印象的なんですが、初めて見た立体のオブジェクトが強烈に印象に残っている。初期の作品はグロテスクなんですが、最近の作品は髑髏があしらわれているのだけど、色彩がなんとなく可愛いくすっきりしている。ちなみに、初期の立体作品は、工藤哲巳の作品を思い出させる。

この展覧会は、足利市立美術館に巡回するそうです。会期は2018年4月24日から7月1日まで。


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2018.03.15

東京オペラシティで「谷川俊太郎展」を見る

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初台の東京オペラシティで「谷川俊太郎展」(2018/1/13-3/25:1200円)を見た。谷川俊太郎は1931年生まれの詩人。詩人と詩人の作品をベースに美術館で展覧会をやってみる、というある意味、挑戦的で画期的な展覧会でした。十分、面白かった。まず、どんな展覧会でも「開催にあたって」というようなテキストが必ず、会場に入ったところに掲示されるモノですが、この展示会では、下のような谷川さんの詩でした。

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まあ、このテキストを読むと、詩と詩人だけで、展覧会をするには、そこそこ知恵を絞る必要があったらしい。そして十分に絞られた知恵だったと思うわけです。

最初の部屋は、暗幕に囲われていて、壁に沿ってディスプレイとスピーカーが並んでいる。ディスプレイには、ひらがなが1文字だけ表示されて、スピーカーからその音が出る。小山田圭吾(コーネリアス)の音楽とインターフェイスデザイナー中村勇吾(tha ltd.)の映像による、インスタレーションです。例えば「かっぱかっぱらった」という詩を1文字ずつ表示して、その音が出力される。その表示する場所は結構、ランダムで、部屋の真ん中で聞くと、あちこちから音がする。目の前のディスプレイに表示されたと思ったら、次は背中の方から音がしたりする。空間的です。

次の部屋には谷川の「自己紹介」という詩の1行を、大きな棚の側面や柱に大きな文字で表示している。そして、そのテキストに関連する、写真やモノがその柱や棚に展示されている。例えば「私は背の低い禿頭の老人です」という1行には谷川さんの等身大の写真が用意されている(写真下:高解像度版はこちら)。

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展示物は、雑貨的なモノや、撮影した写真、谷川のところに届いたハガキとか、わりと雑多なんだけど、まとめて見ると谷川の人柄が伝わってくる感じがする。

今回の展覧会に図録はないけど、関連書籍として「こんにちは 谷川俊太郎」(ナナクロ社、1800円)が用意されている。小山田圭吾と谷川俊太郎の対談とか、今回の展覧会に登場した詩とかが掲載されてます。

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2018.03.12

損保ジャパン日本興亜美術館で「FACE展2018」を見る

西新宿の東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館で「FACE展2018 損保ジャパン日本興亜美術賞展」(2018/2/24-3/30:600円)を見た。FACE展は「本人制作の公募展などで未発表の平面作品」を募集して、審査のうえ、約70点の作品を入選作品として選び出し、そこからグランプリなどの作品を選出するコンクールです。今年で6回目だ。少なくとも2014年から見てます。登場する作品は立体ではなく、動画でもなく、共同制作の作品でもない。一応、厚さとか重さには上限がある。厚さは最大10cm、重さは30kgまでです。ちなみに年齢も国籍も不問で、日本で手続きができればOK、とのこと。年齢不問なので、過去には日本画で主に風景画を描いていた画家が現代的な人物画で出展したりした。ある意味、何が出てくるか分からないところがあって、面白い。

今回も、面白かった。まあ、優秀賞とかにピンとこない作品があったけど、グランプリはかなりユニークな作品だったし、入選した作品も好みの作品が多かった。グランプリは仙石 裕美の《それが来るたびに跳ぶ 降り立つ地面は跳ぶ前のそれとは異なっている》(写真下)。大きさは194×162㎝とそこそこ大きい。圧倒的なデッサン力です。長い縄で縄跳びをしている裸足の人物が妙に筋肉質で、おそらくは女性で、縄を回しているのが男性に見える。次の作品が見たいところです。

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次が優秀賞をとった松本 啓希の《生命の痕跡》。こちらは194×130.3cmと、グランプリ作品ほどではありませんが、そこそこ大きい。おそらくは鴨か何かなんでしょう。画面をはみ出すように描かれていて、妙な迫力がある。ちなみに日本画の画材を使っているところも気になる。

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今回の傾向で、面白かったのは、版画がいくつかあったこと。2016年のグランプリが遠藤美香の「水仙」という版画作品であったことが影響しているのかもしれない。まあ、グランプリでも優秀賞でもないのですが、割と面白い。下の作品は黒石美奈子の《対》。銅版画・エッチング・アクアチント、とのこと。

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そして、松井亜希子の《Blood circulates through the body》。こちらは「エッティング・アクアチント・ドライポイント」とあります。

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ほかにも版画作品がありました。現代美術としての版画をあまり見る機会がないので、新鮮な感じです。どこかの美術館で、現代版画の作品をまとめて紹介してくれないかな、と思います。是非よろしくお願いしたいです。

もう一つの傾向は、日本画の画材を使った作品がわりと増えたこと。数は確認していないけど、優秀賞の鳥の絵もそうですが、こちらも面白い作品がいくつかあった。下の作品は矢島史織の《Monster #15》。シェル美術賞展2015で準グランプリを受賞した作家です。

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それからもう1点。池上真紀の《命の器》。カバです。普通は日本画で描いてない対象ではないかと思います。

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日本画の画材を使って、現代的なモチーフに取り組んでいる作家の作品もまとめて見てみたい、と思うわけです。まあ、来年も楽しみです。

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