カテゴリー「art」の記事

2020.01.20

東京国立博物館で「窓展:窓をめぐるアートと建築の旅」を見る

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東京国立近代美術館で「窓展:窓をめぐるアートと建築の旅」を見た(1200円:2019/11/1-2020/2/2)。YKKが設立した窓研究所と協同して企画したものらしい。アートは窓をどのように描いてきたか、あるいはどうように利用してきたか、というのがテーマなんでしょう。

話題が多くて、見ている側としては整理がつかない感じもするけど、そこそこ面白かった。例えば、東北大学 五十嵐太郎研究室が作成した美術と建築と技術の3つの軸で構成した年表(写真下)。日本でガラスが一般的に使われるようになったのは19世紀とか。でも、この年表をじっくり見ているわけにもいかない。図録を買って見ることにした。

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前半では主に近代までの絵画と写真で扱う窓をテーマにした作品が並ぶ。この当たりの展示で面白かったのは以下の3点。

・19世紀初頭に大判ガラスの工場生産が可能になって、そこで製造されたガラスが近代化の進むパリのショーウインドウに使われる。

・ウインドウ・ショッピングがそこから始まる。ウジェーヌ・アジェやロベール・ドアノーのパリの写真に現れる。

・マティスやボナールが繰り返し窓を描く。バルコニーに立つ女と大きな窓といった感じ。

といったところ。

このほか気になった作品ですが、以下に列挙しておきます。

「窓からのぞく人 1」という1930年代から1940年代の出来事を扱う4人のアーティスを扱ったパートで見た林田嶺一の作品。下の作品はタイトルが《キタイスカヤ街のとあるレストランの窓》。2001年の作品です。林田嶺一(はやしだれいいち)は1933年に旧満州国で生まれの美術家。独学で絵を描き続けてきたが、2001年のキリンアートアワードで優秀賞を受けてから脚光を浴びるようになった、とのこと。この辺の経緯は美術手帖のWeb版に掲載された「櫛野展正連載29:アウトサイドの隣人たち 「死んだふり」の流儀」に詳しい。

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下はズビグニエフ・リプチンスキの《タンゴ》の1シーン。1980年のビデオ作品です。窓の開いた部屋に窓から子供が飛び込んできて、これを発端に、次から次へといろんな人々が全部で36人出入りするものです。1980年の作品ですからアナログのフィルムです。どうやらすべて別撮りしたあと、フィルムを切り貼りして合成したものらしい。これが8分超の作品なんですが、本当に驚異的です。飽きずに見入ってしまった。ちなみにタイトルの《タンゴ》はタンゴの競技会で互いにぶつからずにダンスを繰り広げるダンサーのようだ、という意味らしいです。 

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そして「窓の光」というパートで紹介された山中信夫とホンマタカシの作品。どちらも巨大な写真です。それもピンホール写真。

山中信夫は1972年からピンホール・カメラによる作品制作を始めて、1982年に急逝した美術家。山中のピンホール写真は部屋そのものを暗箱にして、壁とか窓にピンホールを作って、壁面に写った映像を写真製版に使う「リスフィルム」に感光させるというものです。そして、その手法をホンマタカシが現代に再現して作品を制作しています。「ホンマタカシの換骨奪胎」(新潮社:2200円)という本があるんですが、そこでホンマタカシがその過程を解説していたので、話しには聞いたことがあるけど、実物を見たのは初めてでした。

山名の作品はかなり大きい。244×254cmで20枚の印画紙を組み合わせたものです。下の写真は《ピンホール・ルーム3》というタイトルで1973年の作品です。

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下はホンマタカシの作品。こちら100×106cm。タイトルは《Camera obscura - thirty six views of mount fuji Shinjuku》、2017年の作品です。

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下の作品は、ゲルハルト・リヒターの作品。リヒターは画家ですが、こちらは立体物です。タイトルは《8枚のガラス》。2012年の作品です。大きさは230×160×378cm。図録の説明によると「約35%は鏡のように像を映し、65%は向こう側が透けて見えるという特殊なガラスを使用している」とのこと。

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写真を撮ると、下のように撮影している側が映り込みます。万華鏡ようで、かなり不思議な感じです。

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図録は平凡社から「窓展 窓をめぐるアートと建築の旅」(税別2500円)として発売されてます。

 

 

 

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2020.01.04

府中市美術館で「青木野枝 霧と鉄と山と」を見る

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府中市美術館で「青木野枝 霧と鉄と山と」(700円:2019/12/14-2020/3/1)を見た。青木野枝は1958年、東京生まれの彫刻家。鉄を溶接したり溶断したりして作品を制作している。作品は基本的に大きい。そして会場に合わせて制作されるので、作品はタイトルが同じでも大きさは違うように見える。どう大きいかというと、例えば下の写真は《霧と山-Ⅱ》というタイトルの作品で、府中市美術館の1階吹き抜けに立っている。おそらく高さ8mぐらいはあるのだろうか? 鉄の輪2個とその間に鉄の棒が5本、そしておそらくはポリカーボネート製の波板で構成されている。美術館に入ると目の前にこの2つがどーんと並んでいて、割と圧巻なのだけど、細いからすぐに圧力を感じなくなる。

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下の写真は小さい作品。タイトルは《立山/府中》。鉄製のテーブルにカラフルな石鹸がいくつも積み上がっている作品。石鹸は一般募集された使いかけのモノ。一見の色としてキレイなのですが、公式図録に掲載された寺尾紗穂による解説では、作者の青木のイメージは「石鹸の塔について、恐山に積んであるような賽の河原の石積み」と書かれていて、なかなか一筋縄ではいかない感じ。ちなみに石鹸については「ウクライナではナチの犠牲者のお墓に石鹸を供える」といった話もあって、これまた深い感じ。いずれにしても、青木の作品は再生と解体を繰り返す、一瞬のモノ達なのだろうと、それくらいは感じることができた。

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まあ全体的に地味ですが、撮影不可の会場内の作品達は、スペースをゆったりと使って展示されているので、そこそこ迫力がある。今回は上の2点を含めて、8つの立体作品とスケッチやドローイングが公開されています。鉄だけではなく、鉄とガラスを組み合わせた作品や、石膏を使った小山のような作品とか印象深い。

ちなみに一番の疑問はどうやって搬入したのか、そして搬出するのかです。答えはわりと単純で、鉄の輪とか棒とかはそのまま搬入して、その場で溶接するということ。搬出時には溶断して持ち出す、そうです。つまり再生と解体を繰り返す、ということです。

さらにちなみに、公式図録は書店でも購入できる。タイトルは「流れのなかにほかりのかたまり」(左右社:2200円)。残念なことに府中市美術館での展示会場は撮影されてませんが、制作過程をがっちりドキュメントしてたり、インタビューがあったり、寺尾紗穂による解説的レポートもあるので、そこそこお買い得かと思います。

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2019.12.23

平塚市美術館で「糸賀英恵展 うつろいのかたち」を見る

茅ヶ崎市美術館に行くついでに、一駅先にある平塚市の平塚市美術館にも行ってみた。平塚市美術館では「糸賀英恵展 うつろいのかたち」(無料:2019/12/14-2020/4/5)と「冬の所蔵品展―パフォーマンスする絵画」(200円:2019/12/14-2020/2/24)を開催してました。

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糸賀英恵展は1階と2階のロビーに展示してました。このため無料です。作品は立体物で、銅の板を金槌で叩き、溶接して作るそうです。鍛金というらしい。上の写真のようなたたずまいです。ちなみにタイトルは《朱をたぐる》。クローズアップすると下のようになります。なんとなく諸星大二郎のSFマンガとかに出てきそうな感じです。

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所蔵品展の方は、福田美蘭の《見返り美人 鏡面群像図》にひかれて見に行ったのですが、面白かったのは石井礼子という作家の《私の周囲》シリーズ。ぱっと見、俯瞰したところを細々と描き込んだ絵だけど、よく見ると複数の視点が組み込まれていて面白い。ちなみにモノクロで「日本画の素材である雲肌麻紙に割り箸と墨を使う」という手法で描かれている。残念なことに作家は2019年11月に45歳で亡くなってしまった。かなり残念。

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2019.12.20

茅ヶ崎市美術館で「城田圭介 -写真はもとより PAINT, SEEING PHOTOS-」を見る

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茅ヶ崎市美術館で「城田圭介 -写真はもとより PAINT, SEEING PHOTOS-」(500円:2019/12/14-2020/2/11)を見た。茅ヶ崎市美術館はJR茅ヶ崎駅から海の方に8分ほど歩いたところにある。高砂緑地という小高い丘の上に建ってます(写真上)。

城田圭介は1975年生まれ。写真を使った作品を制作しているのだけど、ちょっと普通の方法ではない。まず、対象となる写真は、よくあるスナップ写真で、割と大量に人物が写っているモノ。今回、この企画展を見に行く気になったきっかけは、美術館のサイトで見た「写真から人物のみを抽出し描いた絵画作品」が妙に印象深かったからだ。背景は無地でそこに大勢の人が並んでいるのだけど、背景が妙に広々としている。下のような絵だった。この絵のタイトルは《August 15,2018(Nijubashi Bridge)》。制作年は2019年。ちなみに会場で作品の撮影はOKでしたので気になった作品を掲載しておきます。

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上の《August 15,2018(Nijubashi Bridge)》はTouristシリーズの一つで、観光地を写した写真の中から人物のみを抽出しキャンバスに油彩で描いたもの。一方、下の写真はその逆になる。人がいなくて風景だけが残っている。

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タイトルは《遺跡と落書きがある風景》。制作年は2019年。一瞬、なんだか分からないのだけど、よく見ると、薄く人のシルエットが見える。下の写真はこの作品の右側を拡大したモノだけど、幽霊のように人のいた跡がある。Landscapeというシリーズで「写真のなかの人物の部分のみ、あたかも消すようにその背景描写で埋めた」ものだ。

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A Sence of Distanceというシリーズも面白い。なんでもない風景をスナップした写真がキャンバスに貼ってあって、その写真の周囲に風景を描きたしていく作品。写真の部分はカラーで追加で描かれた部分はモノクロです。下の作品のタイトルは《A Sence of Distance #12》。制作年は2003年。

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これらの作品を見て、改めて考えたくなるのは、写真と絵画の関係だろう。

作者は「日々の生にリアリティを求めること」と日常にあふれるスナップ写真を見ることは等しい、としている。一方でそういったスナップ写真を見続けるのは退屈で凡庸さを再確認するだけになる。そこで描くことで、あるいは背景で塗りつぶすことで、その写真を鑑賞にたえるものにできる、ということらしい。

このへんの考え方は、カタログ(1800円)にある写真家の鈴木理策との対談で語っているのだけど、それに対する鈴木理策の対応も面白い。

 

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2019.12.09

ワタリウム美術館で「フィリップ・パレーノ展 オブジェが語りはじめると」を見る

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ワタリウム美術館で「フィリップ・パレーノ展 オブジェが語りはじめると」(1000円:2019/11/2- 2020/3/22)を見た。フィリップ・パレーノは1964年アルジェリア生まれ、パリ在住のアーティスト。 「この展覧会は、1994年から2006年にかけて制作された作品―オブジェのプレゼンテーション、あるいは再構成である。」とのこと。まあ私のお気に入りは、上の写真、「吹き出し(白)」という作品。これを見るために1000円払ったと思うとかえってすがすがしい感じがしなくもない。ちなみに壁は「壁紙 マリリン」という作品。
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というのは、「しゃべる石」(写真上)は沈黙してたし、「リアリティー・パークの雪だるま」(写真下)はほぼ溶けていた。まあ、また別のタイミングで行くと、もうちょっと別の形をしているのかもしれないが…。
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「マーキー」(写真下)もあまりピンとこなかった。ただ光っているだけにしか見えなかった。
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2019.12.01

東京都庭園美術館で「アジアのイメージ―日本美術の『東洋憧憬』」を見る

東京都庭園美術館で「アジアのイメージ―日本美術の『東洋憧憬』」(1000円:2019/10/12-2020/1/13)を見た。「およそ1910~60年頃にかけてのことですが、日本の知識人、美術愛好家、美術作家たちがアジアの古典美術に憧れた時期がありました」とのこと。1910年は明治末期(明治43年)で1960年は昭和の真ん中(昭和35年)あたり。この企画展では、そういったアジアへの回帰現象とその成果を、本館の旧朝香宮邸で見せてくれる。そして、「アジアへの憧れは、1960年頃に表舞台からフェードアウトしますが、その後どのように深化されているのでしょうか。新館ギャラリーでは、3人の現代作家に表現していただきました」として新館で画家の岡村桂三郎、漆芸家の田中信行 、ファッションデザイナーの山縣良和 の作品を展示している。

この企画展で面白かったのは、1910~1960年にかけてアジアの古典美術ブームが日本で起きたことを絵画と工芸の両面で解説していることです。まあ、いろいろと知らなかったことがあって発見はありました。ざっと列記すると以下のようになる。

・「アジアの古美術への憧れ」の背景は日本の財界人の茶の湯ブーム
・チャイナドレスは和製英語
・岸田劉生の静物画に描かれている陶磁器はバーナード・リーチによるもの

あたりかな。

ちなみに、新館に展示された3人の作家の作品は撮影OKでしたので、以下に掲載しておきます。

デザイナーの山縣良和によるインスタレーション《Tug of War 狸の綱引き》。どうやら日本とアジア、あるいは欧米とアジアの関係を表した作品らしい。
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岡村桂三郎の《百眼の白澤》。白澤は中国明代の百科事典「三才図会」にもある霊獣です。

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田中信行の漆芸作品。タイトルは分かりませんでした。

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2019.11.21

目黒区立美術館で「線の迷宮〈ラビリンス〉Ⅲ 齋藤芽生とフローラの神殿」を見る

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目黒区立美術館で「線の迷宮〈ラビリンス〉Ⅲ 齋藤芽生とフローラの神殿」(800円:2019/10/12-12/1)を見た。齋藤芽生(さいとうめお)は1973年生まれの画家。現在は東京藝大の油画科の准教授です。IIIとあるように「線の迷宮」とした企画展は3回目で、最初が2002年の細密版画、次が2007年の鉛筆画だったそうだ。どちらもモノクロな感じですが、今回はかなりカラフルです。ちなみに「齋藤芽生とフローラの神殿」とあるのは、画家の齋藤芽生の作品と19世紀植物図鑑の名作《フローラの神殿》の2つのシリーズを展示しているということなんですが、行って実際に見るまでよく分かりませんでした。

《フローラの神殿》は多色刷りの銅版画で、植物図鑑ではあるのだけど、普通の植物図鑑のように植物単体が描かれているのではなく、植物が育っている自然環境と共に描くというのがユニークなところです。まあ一種の風景画というか、自然環境で描いた植物のポートレイトという感じ。

一方、齋藤芽生の絵は細密でおどろおどろしいというかダイナミックな色使いです。展示は花、窓、旅をテーマに3つのパートに分かれていて、最初の花のところに齋藤作品と《フローラの神殿》 が展示されている。花のパートにあるのが下の写真の作品。タイトルは《徒花園》。

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この中で、右端にある作品をクローズアップすると下のようになります。タイトルは《毛玉鶏頭》。

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ほかの作品も、なかなかおどろおどろしく、いい感じです。なんとなく、タイトルの付け方とか、作品に付随する長めのテキストとか、あるいは連作の立て付けとか、赤瀬川原平さんの作品を思い出すのですが、うまく説明できない。

 

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2019.11.18

千葉市美術館で「目  非常にはっきりとわからない」を見る

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千葉市美術館で「目  非常にはっきりとわからない」(1200円:2019/11/2-12/28)を見た。「」はグループの名前で、現在の中心メンバーはアーティスト荒神明香、ディレクター南川憲二、インストーラー増井宏文の3人らしい。「手法やジャンルにはこだわらず、展示空間や観客を含めた状況、導線を重視」とのこと。今回の展示は「本展では、展示物に加え、鑑賞者の動きや気づきを含む千葉市美術館の施設全体の状況をインスタレーション作品として展開し、突き放された現実としての美術館に人々を誘います」とのこと。

つまり、どういう感じかというと、なかは準備中な感じで、作品らしきものは梱包されたままだったり、展示されている作品を見ていると、いかにも工事業者風の方々が作品にカバーを掛けたりしている。ちなみに下の写真は1階の「さや堂」ですが、これからなんかある、という感じですが、既に会期中です。

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こちらは8階かな。展示スペースではなく、展示会場の前のスペースですが、いろいろと工事中な感じです。

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面白いのは8階と7階で展示しているのだけど、その一部には同じ作品が展示されていた。なんかデジャブ感があって、だまし絵のような、仕掛けがあって面白かった。ちなみに、正規の入場料を支払った場合は、会期中何回でもはいることができる、とのこと。つまり、どんどん変わっていく可能性がある展示、ということらしい。また行くか、と思ってます。

えーと、展示会図録は予約中でした。税込2800円で12月末に発売予定とのこと。

追記
もう一回、行って見ました。最初に行ったときはできあがってなかった部分もできあがっていたように見えます。で、8階と7階は同じモノが並んでました。でも微妙に違う気がします。これって間違い探しかもしれない、と思う今日この頃です。まあ図録で答え合わせができるのかもしれないです。

追記 その2
図録はまだ届きませんが、目次情報は公開されてました。Twitterによると2月発送だそうです。

追記 その3
図録が届きました。1月16日です。Twitterの千葉市美術館のアカウントによると「12/13(金)までにご購入いただいた方へは、昨日1/15(水)にレターパックにて発送させていただきました。」とのこと。

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よく分からないのだけど、複数の大きさの違う冊子を1冊に無理矢理綴じた感じです。

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上の写真はかがり綴じの部分。段差があります。

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というわけで、1ページ目のめくるとこうなります。さて読んでみるか。

 

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2019.11.14

富山市ガラス美術館で「リノ・タリアピエトラ ライフ・イン・グラス」を見る

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富山市ガラス美術館で「リノ・タリアピエトラ ライフ・イン・グラス」(1000円:2019/10/12-2020/2/9)を見た。上の写真は会場風景です。富山市には年に1回いくことがあって、今年もたまたま行けたので拝見。この美術館が入っている「TOYAMA キラリ」という建物は隈研吾が設計したもので、外観は石材とかガラスとかでソリッドな感じなんだけど、内側は木の板を使っていわゆる温もりのある空間に仕上がっている。

えーと、下が外観です。たぶん3年前に撮影しました。

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こちらが内側。

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上の写真は2階から撮影したものです。1階は総合案内がある程度でわりとなにもないのですが、2階はカフェとかミュージアムショップがある。6階まであって建物の半分が美術館で、残りは市立図書館という構成です。

でまあ、この美術館の3階と2階でやっていた企画展が「リノ・タリアピエトラ ライフ・イン・グラス」です。リノ・タリアピエトラは現代ガス芸術の巨匠だそうで、1934年生まれのイタリアの方です。この美術館は3階の受付から入って3階の展示会場を見て、階段降りて2階の展示会場を見るようになっている。なぜか、今回は3階の会場は写真撮影がOKでしたので、気になった作品の写真を掲載しておきます。

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タイトルは不明。確か最初に展示されていた作品。

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こちらは《バットマン》というタイトルの作品。

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こちらは《トルティーコ》というタイトルの作品。

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《アヴェンチュラ》という作品。ライティングがうまい。とまあ、なかなか複雑な造形です。

ちなみに富山市は市の施策としてガラス産業、それも工芸とかアート作品としてのガラスに取り組んでいて、富山ガラス造形研究所というガラス造形教育の専門機関とか、富山ガラス工房という生産拠点も備えている、とのこと。下の写真は富山ガラス工房で作られたらしい「O-CHOCO」というシリーズ。酒器です。TOYAMA キラリの2階にあるミュージアムショップにありました。ちょっと買いたくなりました。

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2019.11.10

神奈川県民ホールギャラリーで「やなぎみわ展 神話機械」を見る

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神奈川県民ホールギャラリーで「やなぎみわ展 神話機械」(1000円:2019/10/20-12/1)を見た。やなぎみわの過去の作品、《エレベーター・ガール》(1996年)、《マイ・グランドマザーズ》(2001年)、《フェアリー・テール》(2004年)の展示と、新作の《神話機械》と《女神と男神が桃の木の下で別れる》、そして演劇関連の資料展示で構成されてます。やなぎみわの作品は最終的な出力は写真になるのですが、写真になるまでの作り込みが尋常ではない。物語があってその物語の絶頂の瞬間を写真にする、という感じだ。初期の《エレベーター・ガール》は計算しきった映像だけど、《マイ・グランドマザーズ》とか《フェアリー・テール》はもう少し、偶然性が紛れ込んでいるような気がする。まあ偶然性が紛れ込んだように見た方が写真としては面白い。

そして新作の《神話機械》と《女神と男神が桃の木の下で別れる》ですが、《神話機械》は4台のマシンを使った演劇仕立ての作品で、《女神と男神が桃の木の下で別れる》は作り込みのほとんどないストレートな写真作品です。

《女神と男神が桃の木の下で別れる》は「たわわに実をつけた枝ぶりの豊かな桃の老木を、夜の桃園で撮影したもの」(カタログから)で、おそらくは桃の木を木の下からライトアップして、桃の赤い実と緑色の葉が暗闇に浮かび上がるように撮影している。上の看板の写真のような感じです。この写真を真っ暗な部屋でプリントされた写真にライトをあてて展示していた。ちなみにプリントサイズは160×285cmとそこそこ大きい。ここで桃を取り上げているのは、古事記にあるイザナミとイザナギの物語で、イザナミを探しに黄泉の国に降りたイザナギがいろいろあって戻るときに黄泉の国と現世の端境にある黄泉比良坂で、追いかけてくるイザナミの追っ手に、桃の実をなげてなんとか逃げ切った、というのがあるから、とのこと。

もう一つの《神話機械》は4台のマシンが演じる演劇で、決まった時間に始まる。パンフレットには「平日…11:00/15:00、土・日・祝…11:00/14:00/16:00」とある。見に行ったときは土曜の15時に到着して、16時の回を拝見しました。観客は何人かいたように見えたけど、実は会場のスタッフで、お客は私だけでした。ちなみに始まる前の状態は下の写真のようになります。

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4体のマシンですが、上の写真の一番手前にあるのがメインマシンの「タレイア」、おそらくは木造の投擲マシン「ムネーメー」、背後の壁に足の影が映っている「のたうちマシン」と呼ばれている「メルボメネー」、その左にあってこれも影が映っている振動マシン「テルプシコラー」。いずれもギリシャ神話に登場する文芸を司る女神の名前だそうです。

タレイアが舞台を動き回って台詞を流し、そして光る。その間にかどうか曖昧ですが、振動マシンのテルプシコラーが音を立てて光を発しながら揺れたり、のたうちマシンのメルボメネーがごそごそと動いたりします。で、投擲マシンのムネーメーが、髑髏を壁に向かって投げつけるのですが、なんか不思議な世界です。

まずタレイアが舞台を動き回り始めます。それも発光してる色を変えながら。
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その後、髑髏を壁に向かって投げつけます。

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タレイアは舞台を一周します。

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こちらが、壁に投げつける髑髏。

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